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2006年12月15日 (金)

116: 消された真実 グリニッチ殺人事件

「O.J.シンプソン事件」で人種差別主義者とされ、一躍全米で名が知れ渡ったLAPDの元刑事、マーク・ファーマンのノンフィクション小説を元に映像化したサスペンス。

02_41

原題 : Dominic Dunne Presents:Murder in Greenwich

監督 : トム・マクローリン

出演 : クリストファー・メローニ , ロバート・フォスター , マギー・グレイス

収録時間 : 89分
製作:2002  アメリカ
レンタル開始日 : 2004-02-25

■■■さくら 45点 レンタルDVD

裕福な家庭の美しい女の子が殺害ってトコロが、今年(2006)の夏に犯人逮捕か!?と騒がれた「ジョンベネ殺害事件」(1996.12.26)を 思い起こさせたが、イマイチ迫力に欠けて面白くなかった。ノンフィクション小説を元に・・・と言われても、ピンとこないのよね、残念ながら。

■■■下記、知ってるとちょっと楽しめる! かもしれない^^;

「O.J.シンプソン事件」

01_43 O.J.シンプソン
オレンソール・ジェームズ・シンプソン(Orenthal James Simpson, 1947年7月9日 - )は、アメリカ合衆国のプロフットボール選手および俳優。

□ 前妻の殺害から逮捕まで
1994年6月13日、O.J.シンプソン(黒人男性)の別れた妻ニコル・ブラウン(白人女性)とその友人ロナルド・ゴールドマン(白人男性)の死体がカリフォルニア州ロサンゼルス・ブレントウッドにあるニコルの自宅玄関前で発見されたことから始まった。

当時イリノイ州シカゴにいたシンプソンは、警察からの連絡でブレントウッドに一番早い便で帰った。飛行機から降りたシンプソンはいきなり手錠をはめられたが、顧問弁護士であるハワード・ワイズマンによりすぐに解かれた。

その後もシンプソンは冷静に対処し、一度釈放されたが、その後、ロサンゼルスのハイウェイをパトカーの追跡を振り切り逃亡するといった疑わしい行為 により捕らえられ、その後第1級殺人罪で逮捕されることとなる。なお、この逃亡劇は全米のテレビで生中継されたために全米中がテレビに釘付けとなり、食事 の手間を省くためにピザの注文が急増した。

□ 刑事裁判
彼は全面無罪と主張し、陪審裁判で決着をつけることとなる。彼の裁判では全米で有名な検察・弁護士が出揃い、世 紀の裁判と呼ばれた。なお、弁護団はドリームチームと呼ばれるほど、有名な弁護士達であった。被害者(別れた妻とその友人)が白人で、加害容疑者 (O.J.シンプソン)が黒人であったため、この裁判では人種問題が大きく取り上げられた。

弁護側が提出した録音テープに「ニガー」という黒人差別発言があり、裁判では一転して人種間題がクローズアップされた。発言者は、事件を担当した元ロス市警刑事のマーク・ファーマン氏である。アッシェンパック氏は判決後、自分の娘に対し「シンプソン氏はたぶん殺っていると思う。しかし、マーク.ファーマンのせいで、証拠が不十分だった」と語ったという。

1995年に陪審員は無罪と結論し、そのまま判決となった。アメリカでは無罪における検察の上訴は認められていないので、無罪が確定した。無罪確定の最大の要因となったのは、検察側の証拠捏造疑惑である。

*注:ニガー:奴隷時代についた黒人の呼び名。白人が使った場合は、撃ち殺されても当たり前な程の蔑称。黒人同士で呼ぶ時は、親愛の意味を込めた呼称に使うこともあるみたいだ。

□ 民事裁判
フレッド・ゴールドマン(ロナルドの父親)が、民事裁判による補償賠償と懲罰賠償を加害者にするように求めたのである。

1997年に父親側の請求が認められ(認められた補償はゴールドマンのみ)父親に722万5千ドル、母親に127万5千ドルの補償をするように命ぜられた。シンプソンに支払い能力はそれほどなく、赤字が続き、豪邸も売却し、残るものは何もなかった。

未だに未払いということらしい。

wikiより 

大野和基の現地取材リポートの裏側 より 週間文春 1995年10月19日号 シンプソン裁判 陪審員 黒人女性(44歳) 直撃インタビュー

「人種問題を持ち出したのは検察側よ」

「無罪」と「無実」は違う。“世紀の裁判”でO・J・シンプソン氏はアリバイがないにもかかわらず、なぜ「無罪」を勝ち取ったのか?本当に人種問題 は影響したのか?小詩の直撃インタビューに重い口を開いた黒人女性の陪審員は、意外な事実を明らかにした。そして【白人陪審員による有罪告白】【「気が狂 いそうになった」】【元ロス市警刑事の「手紙」】へと話は続く。 

■■■2007/3/29追記 

O.J シンプソンの告白本「もし私が殺ってたら」発売中止の経緯 
TBSラジオストリーム コラムの花道 町山智浩 2006/11/21付より   

販売中止になる前はアマゾンドットコムの予約が凄くて、15位くらいに入っていて、ベストセラー間違いなしと言われていた。がしかし、前金として大 金(約4億円)がO.Jシンプソンに支払われているらしいことも知れ、遺族の神経も逆撫でし、殺人で金儲けするなんて許せない!ってわけで、ネットを中心 に不買運動がおこった。で、販売中止に追い込まれたんだけど、発売直前だったので既に本屋に向けて出荷済みだったのを回収ってことになった。きっと、回収 しきれないだろうなぁ、話題の本だったみたいだし・・・。

なんか本の中では「自分は殺ってない。チャーリーが殺ったんだ。」と書いてるらしいんだけど、じゃチャーリーって誰?って話だけどそれは書かれてい ないんだって。O.J.シンプソンは人格解離性障害に、つまり事実を受け入れ難くて別の人格を作ったんじゃないか、その別人格が“チャーリー”じゃないか と話していた。

でも、O.J.シンプソンが殺ってないという説もあるんだって。二コール(前妻)が殺される前に、O.J.シンプソンの廻りでは3人もの人が殺され ていて、未だにその犯人が捕まっていない。で、二コールも“殺し屋”が殺ったんじゃないかと。O.J.シンプソンは誰かに恨みをかっていたんでしょうか ねぇ。

他にも、O.Jシンプソン事件の経緯も話していて興味深かった。

O.J.シンプソン裁判に影響を与えたロドニー・キング事件とロス暴動 wiki

新旧の人種問題、陪審制の難しさなど、暴動の背景にある多くの問題が浮き彫りになった。

1991年3月3日、レイクビューテラス付近でスピード違反を犯した黒人男性ロドニー・キングを、20人にものぼるロス市警の白人警官が車から引き ずり出して、装備のトンファーバトンで殴打、足蹴にするなどの暴行を加えた。たまたま近隣住民が持っていたビデオカメラでこの様子を撮影しており、この映 像が全米で報道され黒人たちの激しい憤りを招いた。

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