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2007年2月 6日 (火)

バレンタインデー・コンサート2007「恋愛の音楽」

バレンタインデーに名フィルを聴きにいくことにした。場所が市民会館というのも、近くて良い。で、より楽しむために、下調べをちょこちょことしてみる事にした。

調べてみると、確かに「恋愛の音楽」だけど、悲恋、悲劇ばかりのような・・・。1曲目「ドン・ファン」が、女をもて遊ぶどうしようもない男の話だし、2曲目「愛の喜び」「愛の悲しみ」は分かりやすい恋愛の悲喜だけど、3曲目「カルメン幻想曲」が男をもて遊ぶ移り気な女の話だし、4曲目「トリスタンとイゾルデ」が媚薬によって道ならぬ恋にはまってしまう悲劇だし、5曲目「ばらの騎士」が恋愛ゲームを楽しむ妙齢の女性が年齢を実感する話しだし・・・。

まぁ、どの曲もその作曲家の代表作で、有名作品ばかりだけどね。で、あたしの持っている数少ないCD(10枚チョット)をチェックして、あれば予習で聴こうと思ったけど、残念ながら2曲目の「愛の喜び」しかなかった。

1 ■ R.シュトラウス : 交響詩「ドン・ファン」作品20

2 ■ クライスラー : 愛の喜び・    クライスラー:愛の悲しみ・

3 ■ サラサーテ : カルメン幻想曲 作品25

4 ■ ワーグナー : 楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

5 ■ R.シュトラウス : 楽劇「ばらの騎士」作品59

■■■下調べ(出典はウィキぺディア)

1 ■ R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」作品20

シュトラウス、ストラウスは、ドイツ語圏の姓。「花束」という意味もあるが、姓の場合は「ダチョウ」の場合が多い(屋号や紋章からも由来)。ユダヤ人の姓としても知られる。

リヒャルト・ゲオルク・シュトラウス( 1864年6月11日 - 1949年9月8日)はドイツの後期ロマン派を代表する作曲家である。交響詩とオペラの作曲で知られ、また、指揮者としても名高い。

この頃までのシュトラウスの作品は父親の教育に忠実で、シューマンやメンデルスゾーン風のかなり保守的なものであった。シュトラウスが当時の新しい音楽に興味を持つきっかけとなったのは、優れたヴァイオリン奏者で、ワーグナーの姪の1人と結婚したアレクサンダー・リッターと出会ったときからである。シュトラウスが革新的音楽に真剣に向き合うようになったのは、リッターによるところが大きい。

この革新的傾向はシュトラウスに決定的な影響を与え、1889年に初演され、彼の出世作として最初に成功した作品、交響詩『ドン・ファン』(Don Juan)が生まれた。この作品に対する聴衆の反応は、半数は喝采したものの、残り半数からは野次が飛んだ。

シュトラウスの死後に映画『2001年宇宙の旅』で使われ有名になった『ツァラトゥストラはかく語りき』(Also sprach Zarathustra, 1896年)がある。

シュトラウスは詩人フーゴ・フォン・ホーフマンスタールと協力してオペラを制作した。この2人はホーフマンスタールが病没するまで、稀に見る協力関係を続けていくことになる。その共同作業第2作目になる『薔薇の騎士』(Der Rosenkavalier, 1910年)で、圧倒的な大衆的成功をおさめた。シュ トラウスは『薔薇の騎士』を境にそれまでの前衛的手法から一転、保守的傾向を強め、当時興隆しつつあった新ウィーン楽派などとは一線を画す路線を歩み始め る。その後も一定期間毎にオペラの作曲を1940年代初頭まで続けたが、ついに『薔薇の騎士』を超える成功を掴むことはできなかった。

指揮者としてのシュトラウスは、若い頃はロマン・ロランに「気違い」と批判されるほど激しい身振りを身上とする指揮スタイルであった。しかし、後年 のスタイルはカール・ベームやジョージ・セルらの弟子の演奏スタイルから想像がつくように、いわゆる新即物主義的な、誇張の少ないものになった。

*交響詩「ドン・ファン」作品20
冒頭、情熱的なホ長調の弦の上昇音型でテーマが出る。すぐに木管の下降音型で理想の女性を表すテーマが出る。続けて弦と木管・ホルンでドン・ファンの行動力を表す第1のテーマが提示される。小休止の後、独奏ヴァイオリンの美しい旋律で最初の女性が提示され、木管が最初のランデヴーを表すが、音楽は次第に切迫感を高めていき、強烈な不協和音がドン・ファンの失望を表す。続いて、弦楽器で第2の女性が現れ、やがてオーボエの魅惑的な旋律でランデヴーが展開される。ホルンの強奏で有名なメロディーが出る。これはドン・ファンの第2のテーマで彼の不満を表すとされるこれまでのドン・ファンのテーマや女性のテーマが交錯し、女性を追い求め、満たされぬドン・ファンの苦悩と焦燥が描かれる。いったん静かになるが、再び冒頭のドン・ファンのテーマと第2のテーマが回帰し、絢爛たるクライマックスを築く。三たび冒頭のテーマが出るが、音楽は速度を増し、壮絶なカタストロフがやってくる。全休止の後、曲はホ短調に変わり、ドン・ファンの悲劇的な死が暗示される。「薪は燃えつくし、炉は冷たく暗くなった」のである。

*「ドン・ファン伝説」
ドン・ファン(Don Juan)は、17世紀スペインの伝説上の放蕩児、ドン・フアン・テノーリオ(Don Juan Tenorio)のことで、プレイボーイの代名詞として使われる。フランス語ではドン・ジュアン、イタリア語ではドン・ジョヴァンニと呼ばれる。

元になった伝説は簡単なもので、プレイボーイの貴族ドン・フアンが、貴族の娘を誘惑し、その父親(ド ン・フェルナンド)を殺した。その後、墓場でドン・フェルナンドの石像の側を通りかかったとき彼の幽霊に出会い、戯れに宴会に招待したところ、本当に石像 が現れ、大混乱になったところで、石像に地獄に引き込まれる。 これまでは、女性を愚弄し、情熱的だが狡猾な面を見せるドンファン像が多く描かれてきたが、映画『ドンファン』でジョニー・デップ演じるドンファンは、情 熱的なところは従来と変わらないが、女性に対して微塵の憎悪や計算などはなく、純然たる憧れと情熱でもって女性を激しくも繊細に愛する様子が描かれてい る。

2 ■ クライスラー:愛の喜び・  クライスラー:愛の悲しみ・

フリッツ・クライスラー(1875年2月2日:ウィーン - 1962年1月29日:ニューヨーク)はオーストリア出身で、後にフランス~アメリカ国籍となった世界的ヴァイオリニストの一人であり作曲家である。10 歳でウィーン音楽院を卒業、12歳でパリ高等音楽院を卒業している天才少年である。ユダヤ系。

3 ■ サラサーテ:カルメン幻想曲 作品25

パブロ・マルティン・メリトン・デ・サラサーテ・イ・ナバスクエス(1844年3月10日-1908年9月20日)は、スペインのパンプローナに生 まれた作曲家、ヴァイオリン奏者。8歳のときに初めての公演をし、10歳のときにスペイン女王の前で演奏を披露した。その後パリのコンセルヴァトワールで 学び、13歳のときヴァイオリン科の一等賞を得た。1860年代ごろから演奏家としての活動を始める。

*「カルメン」
この小説では、作者がスペイン旅行をした際に出会った山賊の身の上話としてカルメンの物語が描かれている。彼はカルメンという情熱的なジプシー女に振り回されたあげく、悪事に身を染めてお尋ね者となりついには死刑となる。激しく恋に燃えるが心変わりしやすく、男にとっては危険な女というカルメンのイメージは、ジョルジュ・ビゼーのオペラ『カルメン』(1873-1874) でさらに強調して描かれることになる。竜騎兵ドン・ホセはカルメンに誘惑され、婚約者を捨てて軍隊を脱走する。しかしカルメンは闘牛士に心を移し、嫉妬に狂ったドン・ホセは匕首をもって追いかけカルメンを刺し殺すのである。

4 ■ ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

ヴィルヘルム・リヒャルト・ヴァーグナー(1813年5月22日 - 1883年2月13日)は、歌劇の作で知られる19世紀のドイツの作曲家であり、また、理論家、文筆家としても知られる。

フランス文化に反撥したが、着衣は下着や寝巻きまで材質にこだわり、貴族趣味とデカダンスにより放縦な生活を送るなど、19世紀の典型的なダンディであった。

彼は反ユダヤ主義者の側面も持ち、その思想がのちにナチス・ドイツに利用されることともなった。現在でもイスラエルではヴァーグナーの作品を自由に演奏することはできない。

人格はかなり悪く、自己中心的でわがままであり、平気で嘘もついたという。ニーチェは ヴァーグナーと決裂した後に、彼について記した自著の中で「彼は人間ではない、病だ」と表現している。若いときは偽名を使って自分の作品を絶賛する手紙を 新聞社に送ったり、またパーティーで出会った貴族や起業家に「貴方に私の楽劇に出資する名誉を与えよう。」と手紙を送ったりした(融資ではなく出資であ る)。これに対し拒否する旨の返事が届くと「信じられない。作曲家に出資する以上のお金の使い方など何があるというのか。」と攻撃的な返事を返したとい う。また夜中に作曲しているときには周囲の迷惑も考えずメロディーを歌ったりする反面、自らが寝るときは昼寝でも周りがうるさくすることを許さなかったと いう。さらに、金銭面でもかなりルーズで、支援者から多額の借金をしても全く平気であった。また、過剰なほどの自信家で、自分は音楽史上まれに見る天才で、自分より優れた作曲家はベートーヴェンだけだと公言して憚らなかった。

超大作『ニーベルングの指環』を書き始め、また『トリスタンとイゾルデ』を1859年に完成した。この時期には数人の女性と交際していた。特に チューリヒで援助を受けていた豪商ヴェーゼンドンクの妻マティルデ(Mathilde Wesendonck)と恋に落ち、ミンナとは別居した。この不倫の恋は『トリスタンとイゾルデ』のきっかけとなり、またマティルデの詩をもとに歌曲集『ヴェーゼンドンクの5つの詩』を作曲している。

*楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
1857年から1859年にか けて作曲、1865年6月10日ミュンヘンの宮廷歌劇場で初演された3幕の楽劇である。トリスタンはスコットランド国王マルケの甥で、王妃となるイゾルデ を迎えに行くが、その帰路、彼女の媚薬により二人は愛し合うようになり、最後は悲劇で終わる。ヴァーグナー自身の友人のヴェーゼンドンク夫人マティルデとの悲恋が投影されていると言われる。音楽的には半音階和法を徹底し、前奏曲、第2幕の愛の二重唱、最終場面の「イゾルデの愛の死」がよく知られる。

また、本楽曲はトリスタン和音が使われている曲としてもよく知られている。

5 ■ R.シュトラウス:楽劇「ばらの騎士」作品59

*楽劇「ばらの騎士」作品59
物語の舞台はマリア・テレジア治世下のウィーンにおかれ、ロココの香りを漂わつつ、遊戯と真実を対比させた作品として仕上げられた。

この作品の事実上の主役である元帥夫人は、まだ若いもののそろそろ年齢による衰えを気にし始めており、情事を重ねている若い青年貴族が自分の元を 去っていくことを予感する。あるできごとをきっかけに、それは思いがけないほど早く実現してしまうのだが、彼女はそれを粛然として受け入れる。

タイトルの「ばらの騎士」とは、貴族が婚約の申込みの儀式に際して立てる使者のことで、婚約の印として銀のばらの花を届けることから、このように呼ばれる。物語当時の貴族の間で行われている慣習という設定であるが、実際にはホーフマンスタールの創作である。

■■■追記 2007/02/16

休憩を含んで、約二時間のコンサートだったけど、とっても短く感じられて楽しかった。

というのも、物語のある音楽だったので、「恋に酔っているんだな~」とか「落ち込んじゃったのかな」とか「優雅にワルツを踊っているのかな」とか、色々想像することができたのだ。下調べのおかげで、大雑把な流れは知っているしね。

あと、CDと違って、目の前で演奏しているので、その様子を見るのも面白かった。あれ?面白いは御幣があるかな??・・でも、うん、面白かった。舞 台右端の二人のホルンの右側の白髪の人が、出番が無い時にクルクルとホルンを右に左に廻すと、照明がキラキラと当たってよく目立っていたし、その様子がコ ミカルでかわいかった。舞台左側後方のトランペットの人、出番がなかなか無いな~・・・あ!やっと出番だ・とか、トライアングルの音って意外と目立つしイ イ音だなぁ・とか、指揮者の足がステップを踏んでいるようで楽しそうだなぁ・とか、ヴァイオリンの音って切な気で情熱的で好きだな・とか、目と耳で楽しめ た。

とにかく楽しかった。

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