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2007年4月20日 (金)

『バベル』あまりの不評さに興味を抱く (笑)

Ba_209 『バベル』、不評ですね~。

海外では上映されたので、海外で見た日本人の感想を読むと、「日本人にマイナスイメージを与える。勘違いされる。」ってコメントが目に付いた。「聾唖者にマイナスイメージを与える。」って抗議している団体もあるみたいだ。

日本試写会で観た感想を読むと、「理解不能」「子供と一緒、恋人同士では見ないで!」とか「話題になったから・・という軽い気持ちで見に行くと、ガッカリしますよ」とか、「耐えられなくて途中退席しました・・・」という女性がいたりと散々だ。

ショッキングな性的シーン、25歳の菊地凛子が女子高生を演じる不自然さ(まぁ、本当の女子高生だったら、年齢的にNGだけどね)、こじつけっぽい強引な展開の仕方、分かり難いテーマ・・・・・が不評みたいだ。

他国のシーンを褒めている人も、「日本のシーンは必要ないんじゃ」「日本のシーンがなかったらイイ映画なのに」という人も結構いた。絶賛している人 もモチロンいるけど、「言語による分断、コミュニケーションの難しさからくる孤独・・・」云々って感じで、あたしにはピンとこない。映画を観終えた後に、観た本人がその意味を探るタイプの映画みたいだから、その良さを表現して上手く伝えるのが難しいようだ。

 

う~んん・・・・・・なんにせよ、ここまで不評だと、ちょっとどうかな~、公開されたら友人と観にいくつもりだったけど、止めたほうがいいかな~って、考えちゃう。

見た人のレビューを読んで思ったのは、この監督、さして日本に詳しくないんじゃないか、具体的な日本人モデルが居るわけでもないんじゃないか、日本で自身が感じたイメージから物語を作ったんじゃないか、ってことだ。それに90年代のコギャル文化(?)、ルーズソックス、援助交際なんか・・・の情報からイメージを膨らませたのかなとも思った。ちょっと情報が古いんじゃないか(笑)。まぁ、勝手な想像なんだけどね。

 

がしかし、監督の来日インタビューを聞いて、あたしはちょっと考えが変わった。このインタビューが、あたしには結構興味深かったのだ。

『バベル』は、監督・原案・製作をアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥがこなしている。あたしは、この映画は登場人物の誰か(主人公、日本人、聾唖者)の視点で見るより、この監督の視線、映画にとってはその世界の創造者の視線で観ると、面白そうって感じた。発展途上の母国(メキシコ)を離れ、911テロ後わずかと思われる時期に移民として先進国アメリカの都会ロスに移り住み、そこで見聞きしながら考えたという、そんな監督の視線に興味を持ったのだ。
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一緒にいく約束をしてる友人をどうするか? 彼は社会派作品も好きなんだけど、そういった作品にも娯楽的要素があるものが好みだ。話題になった作品だからって感じで軽く考えている彼には、重すぎるだろうなぁ。とりあえず、忠告だけはしてみることにした。で、それでも、となれば一緒に観に行けばいいし、イマイチとなれば作品を変えればいいかな、うん(笑)。

あたしは、ハズレてもいいから劇場鑑賞することにします。

  

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Ba_206 アレハンドロ=ゴンサレス・イニャリトゥ(1963年8月15日 生まれ )はメキシコ出身の映画監督・脚本家である。

映画を撮り始める前は、メキシコのラジオ局でディスクジョッキー、テレビ番組のプロデューサー、コンサートのプロデューサー、作曲家としても活躍した。

 

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下記、監督インタビュー&プラスαです。

その1◆

作品のきっかけとなったのは、監督自身の米国移住だった。「第三世界から先進国に来たことで感じた疑問などを語る必要性があった」

 1999年の長編デビュー作「アモーレス・ペロス」、2003年の「21グラム」に続き、複数の物語を並行させる手法を用いている。「違う場所を舞台にすることでスケール感を出し、登場人物同士は出会うことはないが、影響し合い、悲劇が連鎖する」

 自身の体験や子守を演じたアドリアナ・バラッザの提案などをもとに、米国とメキシコの物語が生まれた。次いで思いついたのが日本の物語だった。

 「2003年に再来日した時、箱根で感動的な光景を目にした。老人が知的障害を持つ娘の面倒をみていた。孤独やいろんなものを感じた。同じ時、耳の不自由な少年たちが顔の表情で懸命に会話している姿も見た」。このイメージをもとに、一気に物語を作り上げた。

 今回もテーマはコミュニケーションだ。「コミュニケーションを簡単にする道具は様々登場しているが、人は耳を貸そうとしない生き物。コミュニケーションは、まずは人の話を聞くことから始めないといけない」

 

その2◆監督・原案・製作アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ インタビュー

Ba_207 自分の祖国でない国にいることで、私は孤立した気持ちになります。いわば追放者のような気持ちです。それは人を考えさせ、自分自身に色々と問いかけ、様々な視点を養わせてくれ、ある種の強い刺激を受ける体験です。

こういった体験は、自分が発展途上国に住んでいるという事実や、9月11日に悲劇が起きた国の存在についてなどの事実をつきつけます。

2000年に東京国際映画祭でアモーレス・ペロスの紹介を行うためはじめて東京に訪れたのですが、いつの日かここで撮影を行うために戻ってくると確信していました。とても魅惑的で、日本の文化、矛盾、神秘的な側面を愛しています。私の故郷とはあまりにも違う。東の象徴として東京を選んだのは正しい選択だったと思います。

この映画は様々な境界について語り、またどういったことが人間同士の違いをうむか、また同じくして人間が基本的に必要としているものは皆同じなのだ、ということを語っている。日本のエピソードだけでなく他のエピソードでも、誰もが感じる痛みや喜びなどの人間味あふれる部分を、私たち制作側と共に楽しんでいただきたいと思います。言葉と人間の相互関係について何か発見があり、愛と優しさについて考えていただければ幸いです。

 

その3◆監督インタビュー livedoor'NEWSより抜粋 

Ba_301_1 この映画では、4つの異なる国における、3つの異なる状況が描かれています。その全てが壊れやすい状況。このような大胆でユニークな物語をどのように生まれたのでしょう?

監督:これはとても長いプロセスだった。過去6年間でいろいろな国を旅して、アイディアを得てきたんだ。母国を離れてロサンゼルスに住んで約5年だが、第三世界を離れ移民として先進国の大都会に住みながら見聞きし、我々の世界がどうあるべきかという考えが膨らんできたんだ。

『バベル』というタイトルについて

監督:4つの物語にはたくさんの主題が詰まっている。多くのレイヤーがある。これだというタイトルを求めて、最悪で、間違った、陳腐な、全く意味を成さないタイトルをたくさん考えた。ある日、聖書の創世記を思い浮かべ、バベルの塔を思った。シンプルな言葉だと感じたんだ。DNAのような総合的な言葉だ。この映画のテーマである “意思伝達の欠如”につながる言葉でもある。それにもっと知りたいという気持ちを起こさせ、会話への扉を開く言葉だ。

 

その4◆舞台になったそれぞれの国に対して・・・監督インタビューBa_201

【モロッコ】

Ba_203モロッコからスタートした。スタッフ全員の言葉が違っていた。メキシコ、アメリカ、イタリア、フランス、アラブ語で話すもの、ベルベルを話す者、みんな世界中から集まっていた。言葉が違うだけではなく、物事の運び方、視点の違い、その理解と統率をとるのが難しかった。それに砂漠や質素な町での撮影だ。サハラ砂漠のど真ん中で、簡単ではなかった。

撮影開始の17日前でも俳優はひとりも決まっていない。キャスティングチームと一緒に 見つける決心をした。イスラム寺院からアナウンスした数分後には何百人もの列ができた。これほど挑戦した監督はいないだろうね。困難で常軌を逸した無責任 なアイデアかもしれないが、見返りは大きかった。自分の目で誰が何をできるのか判断したかった。

医者のアノア役を演じる男性はコンピュータシステムを扱う人だし、少年たちはタゲンザルドでサッカーをしていた子たちだった。町は小さく、医者もひとりしかおらず、祖母が彼の留守を守っている。そこは電気もない町だ。住民はとても純粋でいい人たちだが、あるレベルでは対応が難しい。彼らには決してカメラを見ないようにしてもらった。素晴しい仕事をしてくれたが、訓練させたり教えたりするのはとても難しい。撮影中でもカメラに向かって“ハイ”と挨拶したりする。

だが、いったん撮影になると見事だった。純粋で誠実なんだ。組み合わせが素晴しかったし、それが映画にとって大きな助けとなった。映画の質感、味わい、誠実さを助けた。素晴しい。

【メキシコ】

Ba_202たくさんのテーマがある映画だが、ここで探求したかったテーマは、違法に働く乳母だ。私にとっても身近なテーマだった。リサーチのために国境付近に行った時、驚いたのだが、たくさんの人たちが車に乗せられて連行されていた。

ひとりの女性にインタビューしたが、彼女は25年前間アメリカのサンディエゴで働いた。建設現場の作業員たちに食べ物を売っていたが、誰かに告発された。1時に警察に捕まり、6時には国外退去、バッグ1つでね。25年がそれで終わった。彼らのために私はこのシーンを撮っていた。

これは架空の話だが、本当に起こっている場所で撮影するのは辛かった。私もメキシコ人だから、この物語の撮影には大きな痛みが伴った。辛かった、現実だからね。何千回も繰り返されていることだ。Ba_205_2

アドリアナ・バラサのことは「アモーレ・ペレス」の時から知っている。彼女の情熱、勇気、強さ、特に肉体的、精神的強さはすごい。砂漠で子供を抱え て、何百ものテイクをこなした、あの暑さで。5人のスタッフが病院に担ぎこまれたのに、彼女は行きたがらなかった。めまいを感じると1時間だけキャンピン グカーに戻らせて欲しいと言い、シャワーを浴びた。だが顔は濡らさない。メイクが落ちて撮影を遅らせたくないからだ。どれほど迷惑をかけるか知っているか ら、彼女は演じ続けた。彼女は情熱を持って、訓練を積んだ女優として、見事に演じきった。凄いことだ。

私はロスに住んでいるが、これは伝えたかった。この姿なき市民のことを。すべてのキャラクターが彼らとつながっている、みんな、彼らを発展させたキャラクターだ。

本当に美しい人間の旅路だ。驚くほど素晴しい経験だった。

【日本】

Ba_2046年前、東京を初めて訪れた。それから『バベル』を撮影する以前にも、4回以上訪れている。東京や、日本の文化的なものに心を奪われたよ。完全に相反する文明が混在し、美しく、不可思議だった。

一度箱根に行った時、山を下りながら、枯れた木々、豊かに流れる水、湧き出る湯気などを見て、とても不思議な場所だと思った。日本の物や人々、特に10代の人々に興味を抱いた。

私は言葉が表すものに想いを馳せていた。映画にとって新しい言語となる可能性を求め、アイデアや何か特定できるものを探していた。自分の言語だけで は考えつかないようなアプローチができれば素晴しいと思った。その後で夢を見た。日本人の少女の夢だ。それで、愛情を必死で求めながらも孤独で、人と会話 できない少女という可能性を考えてみた。そして、聴覚障害を持つチエコの視点で描いてみることにした。

彼らが行く場所、ディスコでもブランコでも、私は言葉にも何にも束縛されずにただ純粋なイメージだけを追いかけた。目 の表情、音の振動だけに心を研ぎ澄ました。あるがままの人々を映し、どこにもごまかしはない。リアルな視点だけだ。ここでは、キャラクター達が物語を引っ 張っていくのではなく、私は彼女だけを追いかけていった。まるでサイレント映画のような感じだが、菊地凛子は大きな発見だった。

『バベル』の根底には社会的政治的な主張を超えたものが存在する。それは、親と子についての、4つの異なる奥深い物語だ。撮影を始めて1年が経ち、私は、我々を引き離す映画ではなく、実はひとつに結びつける映画を自分が作ったことに気付いた。

 

おまけ◆製作はプライベートファイナンシング

監督が同じエージェントだったので、担当に聞いてみたが、プライベートファイナンシングでやったそうだ。 紀里谷和明「kiriya.com」Saturday, March 31, 2007  Babelより

*プライベートファイナンシング PrivateFinancing  個人融資 

 

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国と言語

◆最初のパートはモロッコの山岳地帯が舞台で、言葉はベルベル語。

◆二つ目のパートはアメリカ人夫婦の話。言語は英語。

◆三つ目はその夫婦がアメリカに残してきた二人の子供とその乳母。乳母はメキシコの不法労働者で息子の結婚式のためにメキシコに行く。言語はスペイン語。

◆四つ目の舞台は東京。菊地凛子演じる聾唖の女子高生。言葉は日本語。。。と手話。   

 

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実際に鑑賞したら、また感想をアップします。 ♪

 

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