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2007年6月26日 (火)

175: 博士の異常な愛情

米ソ冷戦時代にキューブリックが放った一大ブラック・コメディです。たった一人の気が変になった軍人の行動が世界の破滅に繋がるという怖い怖いお話です。 

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原題 : DR.STRANGELOVE Or:How I Learned To Stop Worrying And Love The Bomb (博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)

監督 : スタンリー・キューブリック
制作 : スタンリー・キューブリック
脚本 : ピーター・ジョージ
原作 : ピーター・ジョージ
音楽 : ローリー・ジョンソン

出演 : ピーター・セラーズ , ジョージ・C・スコット , スターリング・ヘイドン

収録時間 : 94分
制作 : 1963  イギリス
公開 : アメリカ 1964-1-30  日本 1964-10-6

登場人物はスターリング・ヘイドンの軍人のほかも皆、一風変わった人物ばかり。特に、ピーター・セラーズはマンドレーク英空軍大佐、アメリカ大統 領、ドイツ人博士ストレンジラブと、3役をこなしています。そのオーバーな怪演が本作を際立たせています。ストレンジラブ博士に至っては、車椅子の身で、 頭の方もそれ以上に変です。彼の右手は意志を無視して勝手に動き、左手がそれを制します。 HP

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Strangelove014 オモロかった。でさ、見終えた後に制作年を確認したら1963年なんだよね。つまり、キューバ危機の翌年。その時期にこういった作り・・・米ソがやってる ことをバカにした内容、政府や軍上層部が、右往左往しながら利己主義を丸出しにしている様子・・・をするなんて、スタンリー・キューブリック監督ってセン スある。バカバカしさに苦笑いする反面、武力に対して武力で対抗する‘究極の最終局面’って感じで、なんか妙なリアルさも感じて恐くもあるんだよね。ブ ラックコメディのかたちを借りて、警告を発しているんだよね。

日本と北朝鮮みたいかもとも想った。規模が違う?、状況も違う?、だよね。でも、どこか共通する状況が感じられる。北朝鮮が攻撃してきたら・って考えてる、日本政府や防衛省上層部が、この映画のような人たちだったら・・・・・( 怖! ^^; )。日本は憲法九条もあるし、非核三原則も あるし、武力に対して武力で対抗するって考えじゃなかったけど、最近は随分様変わりしつつあるよね。そのうち、沖縄の辺野古に米軍基地が移転され、憲法九 条は改正され(3年後?)て、自衛だけじゃなく攻撃もできる軍隊を保持するようになり、教育法も改正されて、偏った歴史認識やナショナリズムを教えられ、 兵役が復活し、核武装までするのは遠くない未来かもしれない。 。。。心の底から恐い。

「話し合いや経済制裁なんて、生ぬるいこと言ってちゃダメだよ。そんな事いってるうちに、やられちゃう。相手が攻撃してくるのを知ってて、それでも攻撃し ないでいるなんて、馬鹿げてる。北朝鮮は核を停止するって?、そんなの資源や資金を調達するための方便で今だけに決まってるよ。日米安保条約があったっ て、そんなの当てにならない。自分達で戦って、自分の国と家族は自分で守らないと。相手は独裁国家で、何やるかわかんない国だよ、本当に日本にテポドン撃 ち込んだり、核攻撃したりするに違いないよ。そうなる前に、攻撃して死滅させられる状況に整えておかないと。日本が軍隊を整えて、核の抑止力を保持するの は、日本の安全を確保する上で必要不可欠なんだよ~~!この考え方のどこが変なんだよ!!!」

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Strangelove006水道水フッ化物添加

水道水フッ化物添加とは、フッ素の化合物(フッ化物)を上水道中に添加し、多数の住民を対象として虫歯を予防する手法。

北アメリカとオーストラリア では、多くの自治体が安価な費用で効果を期待できるとの考えにより、水道水へのフッ化物添加を実施している。2007年現在、アメリカ合衆国住民の66% が、フッ化物を添加された上水道を供されている。

1940年代半ばにはフッ化物を実際に水道に添加している都市としていない都市で比較が行われ、フッ化物の有効性が調査された。これらの比較調査の結果、フッ化物を添加した水道を供している都市において虫歯の発生率が低くなるということが判明した。

水道水フッ化物添加は、時折議論となる。

水道水フッ化物添加の支持者らは、水道水フッ化物添加は食塩をヨウ素で強化すること、牛乳にビタミンDを添 加すること、そしてオレンジジュースにビタミンCを添加することと同様のことであり、また虫歯を予防し、生涯にわたり口腔保健を向上する、効果的方法であ ると主張している。

これに反対するグループは、水道水フッ化物添加は健康に歯のフッ素症、骨肉腫、骨粗鬆症といった害をもたらし、これらによる害は意図し ている恩恵より大きいと主張している。またある反対派は、フッ化物を上水道に添加することは、個人の摂取する物質の選択を奪う集団投薬であると主張してい る。 日本での水道水フッ化物添加

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1959 10ヶ国軍縮会議

1962 キューバ危機
・アメリカのすぐ南に位置するキューバにおいて、1962年10月15日から13日間続いた米ソ間の冷戦が頂点に達して核戦争の危機を招いた国際緊張の事。

1963 部分的核実験禁止条約 「大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約」
・地下での実験は除外されていた。
・アメリカ、イギリス、ソ連との間で調印され、他108ヶ国がこの条約に調印した。その一方で、中国、フランスを含む10数ヶ国は調印しなかった。
・アメリカ・ソ連には、核の地下実験の技術があったが、中国・フランスには、それがなかった。

・『博士の異常な愛情』が、アメリカ人映画監督のスタンリー・キューブリックによって、イギリスで制作される。
・JFケネディが暗殺される。

1964 『博士の異常な愛情』が、アメリカで公開される。

1970 核拡散防止条約 「核兵器の不拡散に関する条約」
・復興した日本とドイツの核武装を阻止するために提案された。
・核保有国・米露英仏中(1967)の、核兵器の他国への譲渡禁止。
・上記5ヶ国以外は、核兵器の製造、取得を禁止。核軍縮のための交渉を進めることが義務。国際原子力機関(IAEA)による保障措置を受け入れることが義務。
・原子力の平和利用については条約締結国の権利として認めること。
・5年毎に会議を開き条約の運営を検討すること。
・1970.2 日本著名、76.6 批准
・インド、パキスタン、イスラエルは未加盟&核保有国

1996 包括的核実験禁止条約
・あらゆる形での核実験を禁止する条約で、地下実験も禁止対象となる。
・44ヶ国中の12ヶ国(アメリカ、イスラエル、イラン・イスラム共和国、インド、インドネシア、エジプト、コロンビア、コンゴ民主共和国、中国、北朝鮮、パキスタン)が、未批准。
・未だ発効されていない。

1998 インド、パキスタンが核実験を実施、核保有を宣言。

2003 北朝鮮が核拡散防止条約からの脱退を表明

現在 北朝鮮核問題がある。

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核兵器   映画の中の水素爆弾にも「Hi THERE!」「DERE JOHN」って名前がついてた。ヒロシマ投下、ナガサキ投下の原爆にもコード名がついてた。このネーミングのセンスに、科学者の狂気を感じる。何年も前に 見た『死者が語る 戦争』という写真集、悲惨さと壮絶さが強烈だった。今もその写真集を持っているが、恐くて開くことが出来ない。 。。。

Strangelove008 原子爆弾
・濃縮ウラン型 
     1945,8,6 ヒロシマ投下  
     コード名「リトルボーイ(少年)」
・プルトニウム型 
     1945,8,9 ナガサキ投下  
     コード名「ファットマン(太った男)」

水素爆弾
・「熱核爆弾」。実践で使われたことはない。核実験のみ(環境被害)。

中性子爆弾
・「放射線強化型爆弾」。中性子線の放射があるために、人間をはじめとする生物には、放射線被害による死傷を与える。

放射能兵器 

放射能兵器とは、爆発などにより放射性物質を散布することによって、直接的な殺傷や破壊よりも放射能汚染や社会的混乱などを引き起こすことを主な目 的とした兵器。効果に即時性が無く、汚染が長期間残留することから、国家間の戦争では役に立たないと考えられており、2006年現在までに放射能兵器を実 戦配備した国は無いと考えられている。だが、核兵器よりも遥かに製造が容易であるため、テロリストにより使用される可能性が懸念されている。

化学兵器

・ 古くは唐辛子を燃した煙を利用するものが明代の書物にも登場していたことから、広く定義するならばその歴史は古い。

・ 第二次大戦中から冷戦の時代に掛けて、神経性の物や糜爛性(皮膚をただれさせる)の物が開発された。この時代において化学兵器は「貧者の核兵 器」と形容され恐れられた。特に冷戦時代の赤狩り(民主主義圏におけるヒステリックな共産勢力の糾弾が行われた)が横行した頃には、化学兵器による侵略や ゲリラ的な活動が懸念され、大きな社会不安となってあらわれた。

・ 一方、米国はベトナム戦争当時、平野での戦闘に慣れていた米軍が、森林での戦闘に長けていた(ろくな兵装も無い)ベトナムゲリラに苦戦していた 事から、森林を平地化するため、焼夷弾による焼き討ちと平行して、大規模な枯葉剤の散布を実行、広範囲にダイオキシン汚染を引き起こした。この物質は、催 奇性が極めて高く、また非常に安定しているため、この汚染により長い期間、ベトナム全土で異常出産の問題が発生している。

・ またイラクでは紛争地域で神経性の化学兵器が使用され、紛争地域に含まれていた村落で住民が多数死亡する等の事件も発生しており、また他の国も紛争地域における化学兵器の使用を行う事例が見られた。

これら化学兵器は、核兵器と比較して製造が容易ながらも、使用方法如何では核兵器並に陰惨な被害を発生させ得る事から、国際社会から非難されやす い。このため国家規模ではこれら兵器を使用する事は勿論、製造する事も忌み嫌われているが、現在ではテロリストに使用されることが危惧されている。

核兵器に比べ入手や製造が比較的簡単で甚大な被害をあたえられることから生物兵器とあわせて「貧者の核兵器」と呼ばれ、また旧東側諸国では国家の解 体により管理が等閑となった化学兵器の流出が危惧されているほか、過去に遺棄された化学兵器が周辺土壌を汚染している等の問題も発生、現在では「如何に安 全に処理するか」の研究が進められている。

生物兵器

生物兵器とは、細菌やウイルス、あるいはそれらが作り出す毒素などを使用し、人や動物に対して使われる兵器のこと。国際法(ジュネーブ議定書)で使 用が禁止されている。化学兵器と合わせて貧者の核兵器と言われる。また、特定の伝染病が大流行した際にはしばしば「実は細菌兵器だった」という陰謀論が語 られることがある(有名な例が、SARS等。)。

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車椅子に乗った奇妙な科学者「ストレンジラヴ博士」のモデル by Wiki

Strangelove001_1ジョン・フォン・ノイマンは、ハンガリー系ユダヤ人の数学者。20世紀科学史における最重要人物の一人。第二次世界大戦中の原子爆弾開発や、その後の核政策への関与でも知られる。

その驚異的な計算能力と、極めて広い活躍領域と、特異な思考様式から「悪魔の頭脳」「火星人」と評された。

ソ連への核攻撃を強く主張し、タイム誌のインタビューで「どうせ明日核爆弾を落とすなら、今日にすればいい。5時にするなら1時にすればいい。」と答えた。

ヴェルナー・マグヌス・マキシミリアン・フライヘール・フォン・ブラウンはドイツ出身の、第二次大戦後にアメリカ合衆国に移住した、ロケット技術開発の最初期における最重要指導者の1人である。

Strangelove002_1 第二次世界大戦中はドイツのためにV2号ミサイルの製作を指揮し、ナチス党員、親衛隊少佐でもあった。

戦後はアメリカで「ナチズムには前から反対だった」「宇宙にいく為なら悪魔に魂を売り渡してもよいと思った」 と弁明し、アメリカのためにロケットを作るという変節をしばしば非難される。風刺家トム・レーラーは歌の中で彼を「忠誠が便宜に支配された男」と評してい る。とはいえ、人生をロケットの研究にかけ、国にではなく、自分自身に忠義を尽くしたともいえ、また彼の科学界における貢献は大きく、1975年にアメリ カ国家科学賞を受賞している。

エドワード・テラーは、ハンガリー生まれでアメリカに亡命したユダヤ人核物理学者である。アメリカの「水爆の父」として知られる。

Strangelove003第 二次世界大戦中、彼はロスアラモス国立研究所の理論物理学部門に所属し、核分裂だけの核爆弾から核融合を用いた超強力爆弾(水素爆弾)へと核兵器を発展さ せるべきだと強く主張した。1945年、ニューメキシコでの世界初の原爆実験に立ち会い、「なんだ、こんなちっぽけなものなのか。」と感想を述べた。

1949年のソビエト連邦の核爆発成功の後、1950年彼はロスアラモスに戻り、水爆計画に携わる。テラーは水爆を「マイ・ベイビー」と呼んでいた。1950 年代に、テラーはアラスカに大規模な核実験場をつくる計画をうちあげた。アラスカは無人の荒野が広がっているという先入観があったのである。しかしアラス カにはアメリカ大陸で最も古くから人類が住む土地であった。この計画によって民族意識に目覚めたエスキモーやインディアンなどのアラスカ原住民を中心とす る反対運動が高まり、この計画は幻と終わった。

彼は絶えず核計画推進の主張者であり続け、実験と開発の継続を訴えた:"宇宙戦争"の戦略防衛構想が撤回されたときにも、彼はその最も強力な擁護者 の一人だった。2003年9月、カリフォルニア州スタンフォードでテラーは亡くなった。95歳だった。 水爆を開発したことに関しては、生涯肯定的な言動を行い、悔いることはなかった。

ロバート・ストレンジ・マクナマラは、アメリカの実業家で政治家。1961年から1968年までアメリカ国防長官。1968年から1981年まで世界銀行総裁。

Strangelove004 マクナマラ国防長官は、前任者よりも核戦略の役割を拡張した。こ れは、ソヴィエトの核兵器が米国に並び、核兵器強力化及び弾道ミサイルの向上を反映したものであった。彼の核政策の要は、いかにNATOを核の脅威から守 るかであった。マクナマラの目的は、西側のアメリカ同盟国への核攻撃がアメリカからソ連への報復攻撃につながることをモスクワに確信させることにあり、ソ ビエトが都市への核攻撃をできないようにする施策を望んでいた。彼はアナーバーでのスピーチで「大規模な攻撃が行われても直ぐに報復可能な核備蓄を行うべ きである」と述べた。彼はこの戦略を実現するため、兵器と補給システムの革新と拡張を促進した。

マクナマラの功績は官僚組織であった軍に、民間的な経営感覚や費用対効果意識を持ち込み、低廉な予算で充分な国防を目指す視点を導入した事にある。(特に戦後の兵器開発に於いては、性能の優れた兵器は開発費が嵩み、単価が高くなって数が揃わなくなってしまう傾向が顕著になってきていた。)

ソ連にあってはGDP拡大に寄与しない国防費への過剰投資がソ連経済の成長率を押し下げ、遂には経済崩壊の原因となり、旧来の軍の思考法から脱却で きなかったソ連との明暗を別けたと見る意見もある。現在においても、共同開発による開発案件統合や装備近代化費用捻出のための人員削減は(現場からの悪 評・反発にかかわらず、軍事予算GDP比率を適正に保つため)各国で盛んに行われている。

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冷戦は、 第二次世界大戦後の世界を二分した、ソビエト連邦を盟主とする共産主義(社会主義)陣営とアメリカ合衆国を盟主とする資本主義陣営の対立構造。1945年 から1989年まで続き、直接武力衝突する戦争を伴わなかったため、武力衝突を意味する「熱い」戦争に対して、このように呼ばれた。Cold_war_map_1959   1959年の世界の様子(赤が共産主義陣営、青が資本主義陣営)

 

冷戦のグローバル化  
冷戦は地球の反対側でも米ソが向き合うため、周辺のアジアにも強い影響を与えた。

◆ヤルタ会談によって、日本が統治していた朝鮮半島は、北緯38度線を境に北をソ連、南をアメリカが占領し、それぞれに傀儡政権を作り、朝鮮半島は分断国 家となった。このため、1950年6月にソ連の支援を受けた北朝鮮が大韓民国へ突如侵略を開始し、朝鮮戦争が勃発した。朝鮮戦争には「義勇軍」の名目で中 国軍も参戦し戦闘状態は1953年まで続いた。

◆中国大陸では、戦後すぐにアメリカの支援する国民党と中国共産党が内戦を繰り広げたが、共産党が勝利して1949年に共産主義の中華人民共和国を建国 し、1950年2月に中ソ友好同盟相互援助条約を結んでソ連と連合し、国民党は台湾島に逃れ、アメリカの支援のもと大陸への反攻をねらった。また、中華人 民共和国は朝鮮戦争に出兵することで、アメリカと直接対立した。

◆フランス領インドシナでは、ベトナムの共産勢力が独立を目指し、第一次インドシナ戦争が起こった。1954年にフランスが敗北したため、ベトナムが独立 を得たが、西側は共産主義勢力の拡大を恐れ、ジュネーブ協定によって北緯17度で南部を分割し、南側に傀儡政権を置いた。これは後のベトナム戦争の引き金 となる。

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Strangelove030_2ベトナム戦争(1960年 - 1975年)は、インドシナ戦争後に、ベトナムの南北統一をめぐって戦われた戦争。共産主義勢力の拡大を防ぐため、北ベトナムと対峙する南ベトナムを支援するアメリカ合衆国が中心となり大規模な軍事介入を行ったが、目的を達せずに撤退した。

形 式的には北ベトナムと南ベトナムの戦争であったが、実質的に共産主義勢力(ソビエト連邦、中華人民共和国)と資本主義勢力(アメリカ)が背後にあっての戦 いであった。その為、「代理戦争」と呼ばれた。また冷戦の文脈とは別に、ベトナムの独立運動に対する抑圧的戦争であった面も指摘されている。

 

Strangelove005_1ジョン・F・ケネディ 
アメリカ合衆国35代大統領 
任期:1961年1月20日-1963年11月22日

ニキータ・フルシチョフ 
ソビエト連邦第4代最高指導者 
任期:1953年3月14日-1964年10月14日

キューバ危機
アメリカのすぐ南に位置するキューバにおいて、1962年10月15日から13日間続いた米ソ間の冷戦が頂点に達して核戦争の危機を招いた国際緊張の事。Strangelove007_1

キューバ危機は、アメリカ空軍のロッキードU-2偵察機が、ソビエト連邦がキューバに建設していた核ミサイルサイロの写真を撮影した1962年10 月14日に始まった。10月26日と10月27日にフルシチョフから書簡が届いており、前者は柔軟、後者は強硬な内容であった。前者に対する回答が送信さ れた後、ロバート・ケネディ司法長官は駐米ソ連大使アナトリー・ドブルイニンを司法省に呼び会見した。ニキータ・フルシチョフはこの回答に対する返事の中 で、アメリカがキューバに侵攻しないことと引き換えにキューバのミサイル基地を解体することに同意した。キューバ危機の後、ケネディはトルコに配置してあ るジュピター・ミサイルを撤去した。

ケネディとフルシチョフは、核戦争の危機をうまく回避したことにより世界中からの尊敬を集めたが、後にフルシチョフはこの際の対応などを理由に1964年10月に失脚させられてしまった。

◆ キューバのカストロ議長は、アメリカとソ連の措置に激怒した。キューバが国家を上げて対アメリカ戦に備えていたのにも関わらず、キューバの頭上で政治的な 妥協を、米ソで決定してしまったからである。一方、フルシチョフの回想によれば、興奮したカストロはフルシチョフにアメリカを核攻撃するように迫ったとさ れ、ソ連の方も、核戦争をもいとわない小国の若手革命家と次第に距離を置くようになっていった。

その後キューバに対するアメリカの介入も 減少し、冷戦体制は平和共存へと向かっていくことになる。この事件を教訓とし、首脳同士が直接対話するためのホットラインが両国間に引かれた。一方、カス トロは、米ソの頭越しの妥協に不快感を示し、ソ連への不信感を募らせていくことになる(チェコ事件で和解)。

冷戦後わかったことは、キューバ危機の時点でキューバに核ミサイルが数十基配備済みであり、臨検は ほとんど効果がなかったことである。米国はその危険性に気付かず、圧倒的な兵力でソ連を屈服させることが可能であると思っていた。もしフルシチョフの譲歩 がなく、ミサイル基地を空爆していたら、残りの数十基のミサイルが発射され、世界は第3次世界大戦に突入していた恐れが高い。

実はこの時点で米軍もソ連軍も相手を壊滅させるほどの核兵器がなかった。そのため中距離ミサイルを米軍はトルコに、ソ連はキューバに配備した。

◆ケネディはキューバ危機が去った1963年6月10日に、アメリカン大学の卒業式において「平和のための戦略(THE STRATEGY OF PEACE)」という演説を行なった。

私 の言う平和とは何か?我々が求める平和とは何か?それはアメリカの戦争兵器によって世界に強制される『パックス・アメリカーナ』ではない。そして墓場の平 和でもなければ奴隷の安全性でもない。(中略) ソ連への我々の態度を再検討しようではないか。(中略) 

我々のもっとも基本的なつながりは、我々全てが この小さな惑星に住んでいることである。我々はみな同じ空気を呼吸している。我々はみな子供たちの将来を案じている。そして我々はみな死すべき運命にあ る。(中略) 

我々の基本的、長期的なジュネーブでの関心は全面的かつ完全な軍縮である。この軍縮は段階的に行われるよう計画され、平行した政治的な進展 が兵器に取って代わる新たな平和機構を設立することを可能にするものである」Strangelove016_3

1963年11月22日に、遊説先のテキサス州ダラスの市内をオープンカーでパレード中に狙撃され、ケネディは暗殺される

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Strangelove021スタンリー・キューブリック(1928 年7月26日 - 1999年3月7日)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市ブロンクス生まれの映画監督。両親ともユダヤ系。初期の頃より、監督のみならず映画 製作全般にわたり、すべてを掌握する姿勢をとり続けた。「完全主義者」といわれ、特に晩年は映画製作に時間がかかることでも有名だった。

こ れまでもアメリカ人映画監督たちはロンドンで仕事をすることが多々あったが、何人かの監督達は本格的にイギリスに拠点を置くようになった。イギリスに拠点 を置いた監督としては他にスタンリー・キューブリックなどがいる。スタンリー・キューブリックは1960年代初めにイングランドのハートフォードシャーに 腰を据えた。SFチームはキューブリックの元に集まり、以後イギリス映画界に大きな足跡を残した『2001年宇宙の旅』(1968)を作り上げた。

『博士の異常な愛情』の幻のパイ投げシーン

核 戦争の危険性を心配していたキューブリックは、ピーター・ジョージの小説「赤い警報」の存在を知り、原作者と共同で脚本を執筆するが、シリアスな内容はコ ミカルな内容に変更され、最終段階でコメディ小説作家テリー・サザーンが加わって、ドタバタ的な状況が続出する脚本が完成するが、撮影現場で生まれた新し いアイディアや、主演に起用されたピーター・セラーズの即興演技によって脚本は撮影終了までに多くの変更が行われた。

Strangelove020_2 セラーズが離婚訴訟中でイギリスを離れることができなかった為に撮影はイギリスのシェパートン・スタジオで行われる。セラーズは狂った将軍を説得しようと するタージドリン将軍、どこか頼りのないマフリー大統領、ドイツから来た狂気の科学者ストレンジラブ博士に加えて、B52爆撃機の機長コング少佐も演じる 予定だったが、セラーズは南部訛りの英語を喋るコング少佐に興味を示さず、ストレンジラブ博士をまでを演じたところで事故に遭ってくるぶしを痛めた事を口 実にしてコング役を断る。ピンチ・ヒッターとしてスリム・ピッケンスが起用されるが、ピッケンスの素晴らしい演技を見てセラーズは役を演じなかったことを 後悔した。

Strangelove012_1オ リジナルは102分であったが、数回のスニーク・プレビューの結果、クライマックスにあった作戦室でのパイ投げのシーンが作品の雰囲気にそぐわないという 理由でカットされて94分に短縮される。また、B52爆撃機のクルー達が遭難キットを点検するシーンでのコング少佐の台詞「こだけあればダラスでたっぷり あそべるよ。」は、この作品の一般公開前の1963年11月にダラスでケネディ大統領が暗殺された為に、「ダラス」は「ラスベガス」に吹き替えられる。

◆「ヒロシマ平和映画祭 2005」でも、この映画が上映されたようですね。

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コメント

何となく題名が変なので(特に原題が)敬遠していましたが、
こんど見てみたいと思います。
キューブリックでは、「バリー・リンドン」がおもしろかったです。^^
あと「シャイニング」・・怖かったです。(^^;

投稿: nono1 | 2007年6月27日 (水) 07時41分

たしかに、変な題名ですよねぇ。好みによって、好き嫌いが別れる映画かな・・・とは思うけど、あたしは面白かったです。

「バリー・リンドン」は未見ですが、完璧主義者であるキューブリックらしさがでている映画らしいので、また見てみたいと思ってます。^^

投稿: さくらスイッチ | 2007年6月27日 (水) 19時56分

さすが、キューブリック、いい作り。
ブラックユーモアがベースだけど、
ドラマ進行で、観客をドキドキ、
ハラハラさせるテクニックがうまい。

あの大統領がいい味だしてたなぁ。
ソ連首相に対する呼びかけ、自分の幕僚に対する
突っ込み、善人(いい人)(職責に対して誠実)
オーラ出しっぱなし。

あとその他人物の怪演ぶりがなんか、いさぎよい。^^

投稿: nono1 | 2007年7月 5日 (木) 20時59分

そうそう、ドキドキ、ハラハラ、エエッ!?って、愉しめました。あたしは見終えてから、そっか~ブラックユーモアだったんだ・だから・・・、と納得したのでした。(遅っ ^^;)

大統領も、その他人物も、みんなイイ味だしてましたよね♪

投稿: さくらスイッチ | 2007年7月 5日 (木) 23時11分

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