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2007年6月21日 (木)

173: コックと泥棒、その妻と愛人(6/25訂正)

美食もセックスも つまりは同じ快楽なんだ

本は分別のある友人だ 陰で人を裏切らない

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原題 : The Cook, the Thief, His Wife & Her Lover

監督 : ピーター・グリーナウェイ
製作 : キース・カサンダー
脚本 : ピーター・グリーナウェイ
音楽 : マイケル・ナイマン
撮影 : サッシャ・ヴィエルニ

出演者 : リシャール・ボーランジェ , マイケル・ガンボン , ヘレン・ミレン , アラン・ハワード

上映時間 : 124分
製作 : 1989年 イギリス・フランス・オランダ
レンタル開始日 : 2003-11-28

「 グリーナウェイの名を一躍メジャーに押し上げた作品。夜の闇の中、悠然と輝きを放つ高級フランス料理店“ル・オランデーズ”。ここではゴシック の食卓画を思わせる絢爛たる厨房で、腕によりをかけたコック達が作る料理が毎夜テーブルに並べられていた。この店の一番の顧客は泥棒のアルバートとその美 しい妻ジョージーナの一行。自分の社会的ステータスを人に認めさせたいが為に、アルバートは盗んだ金で贅沢三昧、所かまわず乱行を働く傍若無人ぶりを発揮 していた。ジョージーナはそんな夫の卑しさにうんざりしながらも、彼の残忍な性格を知り抜いており、恐ろしさの余り逃げだす事も出来ずに日々を持て余して いた。そんなある日、彼女の目に一人の男性の姿が写る。常連客の学者、マイケルである。食事に同伴するのはいつも一冊の本。孤独だが知的、穏やかな物腰の 彼にジョージーナはたちまち魅せられてしまう。そして二人は示し合わせたかのように化粧室のコンパートメントへ向かうのだが……。

本作は「ZOO」以来グリーナウェイの世界に一貫している、美しい毒に満ちたブラックなユーモアセンス、衣装や装飾美術で表現されているネーデルランド・バロック美術への傾倒は、勿論映画全編至る所に見て取れるが、他の作品と違うのは“色彩”である。駐車場での濃いブルー、厨房のグリーン、レストランの、 化粧室の白といった具合にその色彩が部屋ごとに変わる。そして登場人物の衣装も、その部屋を移動する度に部屋の色彩に合わせて変化してゆく。これは、彼が 作中のテーマである、食欲・性欲・名誉欲といったものに加え暴力・死といったものをその“色彩”で表現しているからに他ならない。この作品は、グリーナ ウェイの映画が苦手な人でも比較的入りやすい作品であると同時に、人間の持つあらゆる“欲”といったものがいかに醜いかといったことを、絢爛豪華な美術、 独特のユーモアセンスで描いた、彼の作品群の中でも「ベイビー・オブ・マコン」と並んで3本の指に入る傑作だ。また本作でも彼の作品には欠く事の出来な い、マイケル・ナイマンが音楽を担当し、映像との相乗効果を高めているのは勿論、この頃はまだ余り名の知られていなかったティム・ロスが作中の泥棒一味の 子分役で出ているのもまた一興である。 」

◆◆◆さくら  61  80点 レンタルDVD

The_cook001う~~ん・・・・・(見た直後は)無理・だった 

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レンブラントライト効果(それも色付き)が使われていて陰が強調され立ち上る湯気さえ妙に怪しさを醸し出している。そんな絵面はドラマチックで面白かったし、マイケル・ナイマンの音楽も重厚感があって雰囲気を盛り上げていたし、レストランは豪奢な作りで高級感があるし、ゴルチェの衣装はとっても素敵だ。なのに、手の込んだ料理を囲んだテーブルでは、耳を塞ぎたくなるほど下品な言葉のオンパレード、飽食のエセ・グルメ(泥棒さん)が食べ物を粗雑に扱う、人間の尊厳を傷つける暴力の数々、・・・見るに耐えない。(苦笑)

全体として退廃的な雰囲気がある。

オープニングからして嫌悪感を感じたその下品さや理不尽さだけど、あまりにもズットそんなシーンが続くので途中からインパクトが薄れてきて、フレー ムに映っている様子を淡々と見れるようになってくると、そのバカバカしさに苦笑いさせられた。エッチなシーンもあるけどあまり官能的に感じなかったな・・・なぜだろ・・・シーンの転換でスグに醒めるからかな。

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以下ネタバレ

     
     

Folon_004 ラストシーンはシュールというよりは、「人間の姿焼き」が出てきた段階で、絵面としてあたしの許容範囲外でした。モロなのがキモなんだろうけど、あたしとしてはそのブラックユーモア(?)は、受け付けられなかった・・・ただ強烈な印象だけが残った。

映画を見た後には毎回おこなわれる、脳内マイ・シアターでの上映でも、あまりに強烈だったので「人間の姿焼き」がリピート再生されて困ってしまっ た。あ、もうひとつ、「豚の頭や何か分らない肉塊が吊るされた、異臭漂うトラックに裸のまま乗るトコロ」、あれも強烈すぎて、嫌なのに脳内でリピート再生されちゃった。

この脳内マイ・シアターでの再上映は、あたしが“映画を楽しむ”なかで、結構大きなウエイトを占めてる。正確に再上映されることは皆無といってよく、大抵はあらぬ方向にズレていく。それが楽しいときは良いけど、今回のように嫌な方向にズレていって、尚且つコントロール出来ないときは、どうしようもなくなっちゃう。(笑)

 

「コックと泥棒、その妻と愛人」さん 

コックさん: 寡黙で腕の良いコックさんが、あたしは一番興味深い人物に思えた。「死体の料理」に、愛のためには理解を示さなくても、復讐のためなら理解を示すなんて、ワンダホー \( ̄▽ ̄)/ だ。

泥棒さん: 自分の中にあるプライドやコンプレックスをデフォルメして露出させたら、粗野で乱暴な泥棒さんみたいになるかもなってのは感じた。でもなぁ・・・・・

泥棒の妻さん: 知的で美しく精神的タフさもある泥棒の妻さんは、4回もの家出に失敗してる。連れ戻され、結局は殴られ、夫の性的暴力も続く。でも、精神的に崩れてしまうことなく、最後の幕引きをする姿は天晴れ。

妻の愛人さん: ・・・あたしは、本を読みながら食べるってのに、物凄く抵抗を感じた。「料理人への侮辱でマナー違反だ」という泥棒 さんの台詞に、ここだけは拍手喝さいだったよ。空いてる時間に1人で食べてるランチじゃないんだ W(`0´)W!! 最後の姿が強烈だったせいか、それ以外は印象が薄くなっちゃった。

歌い続ける少年: ???

「コックと泥棒、その妻と愛人」の人間関係は、どう見たらいいんだろうか???・・・そういえば、単に日にちの経過を示す以外にも、曜日の意味って あったのかなぁ。やたらと吠えてた犬も不気味だったなぁ、なんかの象徴かな?、あたしが連想したのは『動物農場』だけど。 。。。。まぁ、「「サッチャリ ズムを風刺しながらも、人間の欲望を食欲として描き出している」」といったコトロだろうか。

◆追記: 見た直後はラストシーンの強烈さが受け入れ難くて、「ム・ムリ!!」と思った けど、そのシーンが脳内再生され過ぎて慣れてくると、なんとも興味深い映画だったと思うようになった。なぁ~~んか、ふと思い出すんだよね。どんな時に思い出すかというと、ニュースを読んでる時や見てる時・・・イマイチの政府、悪徳企業、DV男、幼児虐待、ピントがずれて る評論家やキャスター、「人間の欲」が見え隠れする時、そんな時ふと「映画のラストシーン」が脳内をかすめて苦笑いする。

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関連事項 色々

ピーター・グリーナウェイ(Peter Greenaway, CBE,1942年4月5日 - )はイギリス(ウェールズ)出身の映画監督・脚本家である。

小さいころから画家を志すも、美術学校に通う傍ら映画を撮影するようになり、1965年からは中央情報局に入って記録映画を撮影するようになる。

66年に短篇「Train」を撮影、その後もいくつかの短篇を撮影して評判になる。1980年からは長編に挑み、1982年の「英国式庭園殺人事 件」で世界的に評価される。1996年には、「ピーター・グリーナウェイの枕草子」を日本で撮影する。「数に溺れて」ではカンヌ国際映画祭の芸術貢献賞、 「コックと泥棒、その妻と愛人」では、イブニング・スタンダード映画祭の特別賞を受賞する。

近年は、映画だけでなくインスタレーション作品や小説も発表するようになり、1998年には、ベルリンで開催された巨大規模のオペラ「コロンブス」を作成する。

◆ネーデルランド・バロック美術(オランダのバロック美術)

バロック美術は、宗教改革を経たカトリック教会の対抗改革(反宗教改革運動)や絶対王政の確立を背景にした美術様式である。歪んだ真珠(ポルトガル 語でバロッコ)が語源とされる。ルネサンス期の美術の理想とされた均衡のある構成より、意図的にバランスを崩した動的でダイナミックな表現が好まれた。そ の特徴は明暗の差の激しいドラマチックな作風であった。

さらに、バロック芸術はネーデルランドの南と北に偉大な画家が現れ、最盛期を迎える。その巨匠はルーベンス(1577-1640)、レンブラント(1606-1669)である。

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ピーテル・パウル・ルーベンス(1577年6月28日 - 1640年5月30日)は、バロック期のフランドルの画家及び外交官。

17 世紀、バロック時代のヨーロッパを代表する画家である。ルネサンス期絵画の均整のとれた構図や理想化された人物表現とは一線を画し、ルーベンスの絵画は、 動きの多い劇的な構図、人物の激しい身振り、華麗な色彩、女神像などに見られる豊満な裸体表現など、バロック絵画の特色が十二分に発揮されたものである。 人物のまとう毛皮の色などに、黒を色彩のひとつとして積極的に用いていることも特筆される。

レンブラント

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン(1606年7月15日-1669年10月4日)は17世紀を代表するオランダの画家。

作品の一点(ないし複数の点)に暗闇に鋭く差し込むような光線が当てられ、その部分を強調すると同時に暗闇の部分を逆に強調する手法が特徴である。そのため光の画家と呼ばれることもある。生き生きとしたドラマチックな描写が見るものを画面に引き込むかのような魅力がある。

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レンブラントライト

レンブラントライトとは、被写体の後ろ斜めからの逆光線。暗い背景から人物の表情が光に浮かび上がるようなライティング。画家レンブラントの絵から名付けられた撮影法。

◆ル・オランデーズ(映画ではフランス料理店の名前になっている)

オランダ風という意味。一般的には温かいマヨネーズの意味で使わるソースです。ソース・オランデーズは、卵黄とバターで作る温かい乳化ソースの基本で、ゆでた魚介類や野菜に使われるソースです。

妻が食べた後のお皿に残ったソースから、何を食べたか推測する泥棒さんは、さすが食通です。

◆『動物農場』 著:ジョージ・オーウェル(イギリスの作家)

Animal_farm 動物農場(原題 Animal Farm)はジョージ・オーウェルの書いた寓話的な動物物語。飲んだくれの農場主を追い出して理想的な共和国を築こうとして革命を起こした動物達だったが、革命の指導者の豚が独裁者と化し、犬の監視下のもと恐怖政治へと変質していく。

スペイン内戦に自ら参加した体験を持つオーウェルが、20世紀前半に台頭した全体主義スターリン主義への痛烈な批判を描いたものである。

この作品が書かれた1944年当時、ソ連はまだ米英の同盟国だったため、すぐには出版できなかった。終戦後、東西間の関係が急速に悪化した(冷戦、鉄のカーテン)ため、1945年にやっと出版できた。

この寓話の中で、犬は権力の走狗として描かれている。あと、Manor Farm(荘園農場)の‘Manor’と、泥棒さんがうるさかった‘Manner’が、かけてあるようにも感じて面白かった。『コックと泥棒、その妻と愛人』と『動物農場』は、結ばれていないと思うけど。 。。ね。

◆英国病(映画が作られたのは1989年) 

The_cook_997 イギリスは、 20世紀に入り二度の世界大戦によって国力は衰え始め、各地の植民地をほとんど独立させた1960年代後半には経済力はいっそう衰退した。一方で政権を 握った左派の労働党は「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる公共福祉の改善に力を入れ、国家予算を大胆に福祉に投入したため、1970年代には世界有数の福 祉国家になった。しかし、景気回復になんら実用的な手立てを打たなかったために、継続的な不況に陥り、企業の倒産やストが相次いだ。その様は英国病とまで 呼ばれる始末であった。

1980年代から1990年代中頃までの保守党政権、とくにマーガレット・サッチャー(在任:1979年 - 1990年)内閣にとっては、この英国病の克服は重要な課題であった。

1979年に登場したサッチャー政権下で国営企業の民営化や各種規制の緩和が進められ、1980年代後半には海外からの直接投資や証券投資が拡大した。この過程で基幹産業の一つである自動車産業の殆どが外国企業の傘下に下ったが、この事 が象徴するような外国からの投資の拡大を、積極的に自国の産業の活性化や雇用の増大に繋げて行き、その後の経済復調のきっかけにして行った。   

その後、1997年に登場したブレア政権における経済政策の成功などにより経済は復調し、アメリカや他のヨーロッパの国に先駆けて好景気を享受するようになったが、その反面で貧富の差の拡大や不動産価格の上昇などの問題が噴出してきている。

サッチャリズム (映画が作られたのは1989年)

第二次世界大戦後のイギリスでは、ジョン・メイナード・ケインズの有効需要の法則やアーサー・セシル・ピグーの厚生経済学などに基づく福祉政策が採 られてきた。これはアダム・スミス、デイヴィッド・リカードの古典派経済学やアルフレッド・マーシャルの新古典派経済学の理論が大恐慌によって破綻し、ケ インズの「一般理論」がアメリカ合衆国のニューディール政策などで有効であることが証明され「レッセ・フェール」に修正が加える必要があると考えられたか らである。いわゆる「ゆりかごから墓場まで」と言われる高い福祉政策であり混合経済である。

しかし、規制や産業の国営化などによる産業保護政策はイギリスの国際競争力を低下させ、経済成長を停滞させることになった。また、スタグフレーションが発 生し、フィリップス曲線の崩壊など、政策ほころびが経済学的にも指摘されるようになった。いわゆる「英国病」と呼ばれるものである。

Margaret_thatcherこれらの政策は主に労働党政権によって推し進められてきたものであるが、1978年にマーガレット・サッチャーを首班とする保守党が誕生すると、これまでの高福祉政策を転換し大きな政府から小さな政府への転換を図られるようになった。

サッチャー政権の経済政策は「規制緩和」と「民営化」による「大きな政府」から「小さな政府」への転換が核心である。それまでロンドンのシティが牛耳っていた金融部門も規制緩和によって外国(アメリカ)資本の参入を認めた。いわゆる金融ビッグバン政策である。これによって、英国の経済は飛躍的に回復した。しかし、市場を外国資本に奪われ、国内企業が競争に敗れるという結果を招いた。そのためウィンブルドン現象とも言われる事態が発生した。 雇用面においては、賃金が下がり、失業率も上がり、国民の中に大きな批判が起こった。そして、人頭税導入において国民の不満が爆発し、サッチャー政権は終わりを迎えた。

ビックバン : 取引所集中義務の撤廃によって場外市場が生み出され、また取引所会員権の開放による銀行資本の市場参加によって、アメリカ系投資銀行、特にスリー・キング スといわれるモルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、メリルリンチなどの巨大資本が進出し、180余りあった歴史あるマーチャント・バンクは姿を 消した。これによって、イギリスでの売買が、アメリカの預託証券市場での売買という形を取っていたものがロンドン市場に戻っただけでなく、ニューヨーク市 場の規制を逃れてロンドン市場で売買が行われるようになった。ただしウィンブルドン現象と呼ばれるように、イギリス企業の姿は消えたまま、ロンドン市場は 活況を呈す現象が生じた。

ウィンブルドン現象 : ウィンブルドン現象とは、市場経済において「自由競争による淘汰」を表す用語である。テニスのウィンブルドン選手権ではイギリス人のプレイヤーは姿が見え ず、イギリスは場所を貸しているだけであることから、特に、市場開放により外国系企業により国内資本企業が淘汰されてしまうことをいう 。

サッチャー政権の経済政策の結果は次のジョン・メージャー政権においてもはかばかしいものが出ず、「サッチャーリズム」は批判にさらされることにな り、「第三の道」を標榜するトニー・ブレア率いる労働党への政権交代を招くことになった。ブレア政権の時期に英国は景気は回復するがそれはサッチャー政権 の結果だといわれている。

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映画が制作されたのは1989年、サッチャー政権が誕生して10年目で、この翌年の1990年にサッチャー政権は終わりを迎えています。この映画の配役を、考えてみると。。。

・演目
『コックと泥棒、その妻と愛人』

・題材
サッチャリズムの金融政策(ビックバン)によっておこったウィンブルドン現象

・舞台
ロンドンにある高級フランス料理店 = サッチャー政権下のロンドン

レストラン(赤) = ロンドン市場
厨房(緑) = イギリス議会
トイレ(白) = 密室
駐車場(濃い青) = シティ・オブ・ロンドン
街中 = グレーター・ロンドン

赤 : 血、生、火、力、女、情熱、危険、熱暑 など
緑 : 植物、自然、安全、幼稚、真面目 など
白 : 善(主にキリスト教圏)、雪、無、清潔、純粹、無罪 など
青 : 水、冷静、知性、憂鬱、寒冷 など
(黒 : 悪(主にキリスト教圏)、死、男、武勇、汚濁、夜、有罪、無 など)
 

・キャスト
コック = イギリス政府
レストランのスタッフ = 国内企業
歌い続ける少年 = 信仰、信心深い良心
レストランの客 = アメリカ(外国)企業、富裕層
出される料理 = 政策

泥棒(フランス料理店のオーナーでもある) = アメリカ政府、アメリカ(外国)資本
泥棒さんの暴飲暴食 = 競争原理に基づく資本主義経済
泥棒被害にあってる人 = 庶民

その妻 = サッチャー
愛人 = 学者

といったところでしょうか?

‘題材’を替えると、同じサッチャリズム下のロンドンでも、他の舞台やキャストが考えられそうです(笑)。置き換えると、泥棒さんが愛人にした報復、その妻とコック+レストランのスタッフが泥棒さんにした復讐も、とっても興味深く感じるようになります。現状を風刺した流れを作り、そして、ラストシーンで復讐するというのは、国民感情を描いているのではないでしょうか。あるいは、学問もアメリカ資本も、イギリスを救えないという皮肉でしょうか。映画での日数の経過は、サッチャー政権誕生から映画の制作年までの年数にかけてあるのかもしれません。

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同じ演目を、サッチャリズムに似ていると言われる小泉政権下の日本版に、置き換えてみると・・・・・余計に苦笑いさせられます。

・舞台
ロンドンにある高級フランス料理店 = 小泉政権下の日本

レストラン = 東京
厨房 = 国会
トイレ = 密室
駐車場、街中 = 日本国内

・キャスト
コック = 日本政府
レストランのスタッフ = 国内企業
歌い続ける少年 = 良心的な弱小企業
レストランの客 = アメリカ(外国)企業、国内大企業、富裕層
出される料理 = 政策

泥棒(フランス料理店のオーナーでもある) = アメリカ政府、アメリカ(外国)資本
泥棒さんの暴飲暴食 = 競争原理に基づく資本主義経済
泥棒被害にあってる人 = 庶民

その妻 = 小泉純一郎 (現在の安部晋三にしても。。。)
愛人 = 竹中平蔵 、学者 、報道機関 

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◆追記: ゆっくりと、本当にゆっくりとだけど、思い返すうちに、この映画を‘面白い’と思うようになってしまいました。う~~ん、恐るべし「ピーター・グリーナウェイ劇場」!!

 

  

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コメント

 こんにちは、TBありがとうございました。
 この映画は色んな意味ですごいですよね。ゴルチェの衣装や、舞台によってがらりと変化する色彩、重厚ながらオリジナル曲のナイマン音楽などは、かなり好みではあるのですが、内容としては人に勧められなくて困りものです。
 それにしても、国会劇に仕立てたら、もっとシュールでブラックな内容になりそうで恐いような面白そうなような。

投稿: カツミアオイ | 2007年8月 3日 (金) 00時34分

コメント、ありがとうございます。

あたしも、人には薦められないです、やっぱり(笑)。

投稿: さくらスイッチ | 2007年8月 3日 (金) 22時04分

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