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2007年7月 1日 (日)

177: 憑神

「あえて貧乏くじをひくのがかっこいい」それが降旗監督の主人公

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監督・脚本:降旗康男 
原作:浅田次郎(新潮社刊)
撮影監督:木村大作
主題歌:米米CLUB

キャスト:妻夫木聡 夏木マリ 佐々木蔵之介 笛木優子 鈴木砂羽 石橋蓮司 本田大輔 徳井優 江口洋介 上田耕一 大石吾郎 鈴木ヒロミツ 佐藤隆太 森迫永依 赤井英和 香川照之 西田敏行

制作:2007 日本
公開日:22007-06-23~
上映時間:107分

時は幕末。別所彦四郎は、下級武士とはいえ、代々将軍の影武者をつとめてきた由緒ある家柄の出。幼い頃より文武に優れ、秀才の誉れ高かった彦四郎だ が、戦もない平和な世においては影武者の出番などあるはずもなく、毎日暇をもてあますばかり。出世はもはや神頼みしかないとすがる思いで祈ったお稲荷様 は、なんと災いの神をよびよせる稲荷だった……。人生のツキに見放され、不幸の神様にとりツカれ愛されてしまった男の運命は?

◆◆◆さくら64点 劇場鑑賞(東映株主優待券)

Tuki_004 原作・浅田x監督・降旗という『鉄道員(ぽっぽや)』コンビの作品だということ、好きな役者さん達が出ていること、『たそがれ清兵衛』を見たときに幕末っ て今の時代に相通じる処があって面白いなぁと思ったこと、時々聞いてる落語の間が取り入れられているらしいということ、そして東映株主優待券があることか ら、そんなで『憑神』を観に行ってきた。見終えた後の印象は、くすくす笑えるシーンもあったし、テンポも悪くなかったんだけど、全体的に薄味で物足りない 感じだった。

現代社会をモチーフにして幕末に置き換えてるにしては、ラストシーンでの別所彦四郎にはシックリとこないところがあって、う~~ん???と首を捻る感じになってしまい、一緒に観に行った友人と話し合っても、しっくりくる受け取り方には辿りつけなかった。

でも、家に帰ってからネットで調べてみたら、ネタバレ→幕末の頃は日本人の平均寿命が30代半ばということがわかった。(幼児の死亡率が高かったというのが、平均寿命を下げてる大きな要因みたい。) 彦四郎の父親も、それくらいで亡くなっているようだ。彦 四郎の歳が算え三十二ということは、今で言ったら、見た目は別にして気分は70歳くらい?でもない??、・・・でもまぁ、死神に取り憑かれなくても、現代 よりもズッと死が日常にあったわけだ。おまけにオカチの家、つまりは下級武士の家ってのは、もの凄く貧しかったみたいだし、当時は職業選択の自由があるわ けでもないから、下級武士が自分の才覚のみで生活を楽にするってのは、難しかったみたいだ。なぁんて思ってたら、なんか彦四郎を見る目が変わった。そして、死神に向かって言った“お前に会って、初めて生きる意味を考えるようになった”という台詞が、重く感じられるようになった。

“時代の幕引きをするのは、お前たちの役目じゃない。お前たちは、もの凄い幸運な時代に生きられるんだ。”みたいな台詞を、子供たちに言った時に、その新しい時代を、自分も生きたいと思わないのかな・・・って思った。まぁ、宿替えした相手の慶喜が、変わりに死んじゃうってのもアレだけどね。

それに、彦四郎にしてみたら、時代の幕引きをする役目は自分(たち)だと感じたんだろうし、慶喜の宿替えを取り消すために死ぬという決断・・・・・自分の不運から逃げないで、自分の不運を自分で背負うというコトが、彦四郎の心に適ったんだろう。将軍の影武者というのが、先祖代々のお役目だったわけだし、仮に慶喜じゃなかったとしても宿替えで死なせるってのは、人として、そして「武士」として彦四郎の心に背いてしまうからね

あ、ちなみに、 徳川 慶喜は天寿をまっとうしているから、彦四郎としてもその寿命を奪ってしまうことにならなくて、本懐だったかもね・・・^^。 。。。で、まぁ、なんとな~く納得しちゃいました。

*『明治24年(1891)~31年(1898)の記録によると、男性は42.8歳、女性は44.3歳が平均寿命のようです。これも、幼児の死亡率が高かったことが大きな要因のひとつみたいです。

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別所彦四郎の家は“御徒士の家”

彦四郎は三尺帯を巻いて刀を差し、羽織を着て離れ家を出た。蚊帳の中で母がくすりと笑ったのは、そうした彦四郎の妙な居ずまいのよさに、また亡き夫のおも かげを見出したからなのであろう。このごろ自分でもそう思うことがしばしばある。算えの三十二といえば、ほどなく父の享年であった。

深川元町の御徒士組(おかちぐみ)は、総二十組のうちの十五番組である。北向きの二つの惣門から、三間幅の道が枡形に組まれており、その左右に一軒あたり百三十坪の屋敷が並んでいた。一組の定数は三十人で、むろんその数は昔から増えも減りもしない。

この深川元町の十五番組屋敷は、下谷御徒士町の界隈に犇めく同輩の敷地よりもよほど広い。何でも有徳院(はちだい)様の御代に埋め立てられた本所深 川の新地に、十五番組だけが移ってきたという。だから広さは広いのだけれど、掘割に囲まれた低地というわけで、夏の蒸し暑さは一入であった。

Tuki_108 御徒士の禄は七十俵五人扶持と定まっている。したがって敷地は広くとも屋敷は身分相当で、せいぜい二間か三間の座敷に、かろうじて武家屋敷らしい式台の付いた玄関が備えられている程度である。どの家も余分の土地には畑を養い、あるいは離れを建てて店子を入れていた。

別所家の離れには、彦四郎が物心ついたころから大工の棟梁が住んでいたのだが、悪い博奕に嵌まって夜逃げをされてからは、世の不景気もあって後の周旋が利かなかった。古びて納屋になっていたその離れに、婿入先から出戻った彦四郎が住んで一年が経つ・・・・・『憑神』原作より

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映画の背景は続きで・・・ちなみに、‘ネタバレ’は無いです。歴史的事実意外は・・・


「徒士(かち)」: 武士の身分を「士分」といい、士分は、大きく「侍」と「徒士(かち)」に分けられる。これは南北朝時代以降、戦場への動員人数が激増して徒歩での集団戦が 主体となり、騎馬戦闘を行う戦闘局面が比較的限定されるようになっても、本来の武士であるか否かは騎馬戦闘を家業とするか層か否かという基準での線引きが 後世まで保持されていったためである。

「侍」は狭義の、つまり本来の武士であり、所領(知行)を持ち、戦のときは馬に乗る者で「御目見え」の資格を持つ。上士とも呼ばれる。「徒士」は扶持米をもらい、徒歩で戦うもので、「御目見え」の資格を持たない。下士、軽輩、無足などとも呼ばれる。

武士の下層社会に生きていた、といってよさそう。苦しい生活のうえに、憑神されちゃうなんて・・・・・

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持ち歩き屋台形式の蕎麦屋:  蕎麦屋の起源は不明だが、1686年に江戸幕府より出された禁令の対象に「うどんや蕎麦切りなどの火を持ち歩く商売」という意味の記載があり、この頃には すでに持ち歩き屋台形式の蕎麦屋が存在したことが推測できる。店を構えた蕎麦屋が増えるのは1700年代後半のことと考えられている。

蕎麦屋の特色は、蕎麦を中心に品数があまり多くなく、酒を飲ませることを念頭においているところにある。当初は、現在のファーストフードのような小腹を満 たす食事であり、その後も軽食といった位置づけが完全に抜けることはないままに推移している。この屋台蕎麦屋の伝統は姿を変えて現在の立ち食い蕎麦にまで つづいているといえるだろう。Tuki_003


上野戦争(1868年7月4日)は、江戸上野において彰義隊ら旧幕府軍と薩摩藩、長州藩を中心とする新政府軍の間で行われた戦いで、戊辰戦争の戦闘の1つである。


徳川 慶喜(1837年 - 1913年)は、江戸幕府第15代征夷大将軍である。将軍在位は1866年から大政奉還を行う1867年まで。

江戸幕府最後の将軍に就任。大政奉還により明治天皇に政権を返上、将軍の位からも退任する。その後公武合体を目指すが、王政復古の大号令後の鳥羽・伏見の戦いでは、旧幕府軍を残したまま大坂から江戸城へと逃げ帰り、朝廷からの追討令を受け謹慎し、江戸無血開城を迎えた。

明治に入り謹慎を解かれると趣味に生き、公爵として大正時代まで天寿を全うした。Tuki_005

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Tuki_101 今なぜ「憑神」なのだろうか?近ごろの日本を覆うムードは決して明るくはない。広がる経済格差。凶悪犯やいじめを苦にした自殺者の増加。「働く意味がわか らない」とニートやフリーターになる若者たち。定職についても「自分のやりたいこと」が見つけられず、自分探しを続けている人たちもたくさんいる。「夢を 見にくい時代」と言われて久しいが、そんな時代だからこそ生きる目的を見つけることの大切さや、信じる道を命がけで突き進む、彦四郎たちのカッコよさを伝 えたい。「誇りを持って生きろ。」「悔いを残して死ぬな。」それが浅田x降旗x妻夫木コンビがこの映画にこめたメッセージ。


「原作を読んだとき、落語の世界だと感じたので、それを映画で表現したかった。」と降旗監督は言っている。


原作者の浅田次郎は、舞台が下町のフリーターを主人公にした現代の話として最初は書いていた。それを、時代をずらして江戸末期にして書き直したものが『憑神』。・・・発想の基は現代だった。


Tuki_102_1 降旗監督は、今作『憑神』では、神に愛された男を通して日本人の“誇り”と“負けっぷり”を描く。『国家の品格』がベストセラーになり、『下流社会』など 格差に着目した本も続々出版され日本人の在り方が問われる昨今。私たちの立ち位置を確認する時に来ている。『負け組は本当に負けているのか?勝ち組は本当 に勝っているのか?』現代にも通じる大きな時代の変りめであった幕末。そんな時代に出合ってしまった彦四郎。信じて仕えてきた将軍も今は頼りにならない。 「まがいものにあふれた世界の中で、彦四郎はどう生きるのか」を“笑い”と“涙”の中で降旗康男が観る者に問いかける。

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「難しくいえば、「武士道とは、行政主体(国、公共団体、幕府、藩)を担う公務員や武士の職業倫理ないしは統治の理念である」といったところでしょうか。」 → 武士道ホームページ


三囲神社(みめぐりじんじゃ)の石造神狐: 住所/向島二丁目5番7号 三囲神社

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