夕凪の街 桜の国
監督・脚本 : 佐々部清
原作 : こうの史代
脚本 : 国井桂
音楽 : 村松崇継
出演 : 田中麗奈 麻生久美子 吉沢悠 中越典子 伊崎充則 金井勇太 藤村志保 堺正章 田山涼成 粟田麗
制作 : 2007 アートポート
上映時間 : 118分
受賞履歴(2008.03.04追記)
第32回報知映画賞主演女優賞(麻生久美子)受賞
第81回キネマ旬報ベストテン第9位
第62回毎日映画コンクール女優主演賞(麻生久美子)受賞
第50回ブルーリボン賞主演女優賞(麻生久美子)受賞
第17回日本映画批評家大賞 作品賞受賞
「出口のない海」の佐々部清監督が、こうの史代の同名漫画を映画化。麻生久美子演じる被爆女性と、田中麗奈演じるその姪のドラマを並行して描き、愛と平和を訴える感動作。
『夕凪の街』 原爆投下から13年後の広島。母親と暮らす皆実は、被爆による心の傷を抱えながら懸命に生きていた。
『桜の国』 そして現代の東京。家族に隠れて外出した父のあとを追った七波は広島に辿り着き、自身自身のルーツに思いを馳せる。
◆◆◆さくら66点 劇場鑑賞(試写会 つるまいプラザ)
内容は、悲しくて悲しくて、泣けちゃいました。その悲しみのもとは、あまりにも理不尽で可哀想すぎます。あたしは、誰かに対して、それが映画の登場 人物に対してでも、「可哀想」と思うのも、「可哀想」で泣くのも嫌いなのですが、皆実(みなみ)のあまりにも無防備な心に負ったトラウマには、泣かずには いられませんでした。
そしてその悲劇は、過去のものだけではないんだというコトも描かれていました。七波(ななみ)の広島での一日を見ていて、もう一回、広島に行きたいって思いました。亡くなった父より若い祖父の写真が、思い起こされました。
でも、ものすごく上映中に泣いたにもかかわらず、イマイチな感情が次第に募ってくる のは、何故なんでしょうか???
あたしは、エンドロールも最後までみて、明かりが点いてからわき起こった拍手と一緒に拍手もしました。映画が扱っている「被爆者の苦悩」に焦点を当 てた内容も、考えさせられるものだったし、その重さは受け止めなければならないものです。田中麗奈、麻生久美子、ともに好きな女優さんだし、役柄にも合っ てたと想います。
なのに、個人的にはこの映画、なんかイマイチだった 気がするのです・・・・・なんか、淡々と・というよりは、表現が中途半端な感じだし、映画表現ならではの 良さが引き出されていない 思い返しても???な台詞や状況がある(あたしの理解不足?) ような気がしました。(エラソウなこと言って、すみません。)
だからといって、痛々しく、壮絶に描いたほうがいい・と言ってるわけでは無いし、ヒロシマ、ナガサキの悲劇は繰り返してはいけないと思っているし、原爆症の人を軽んじているわけでも無いです。
原作は未見なので、あくまで映画としての感想です。あたしの何にひっかかって、そう感じるのか、実は自分でもよく分からないので、うまく文字にできないのですが・・・・・、あたしが映画で「イマイチ納得できなかった(理解が難しかった)事」主たる二点(ネタバレです)を書いてみると・・・
-----start
1) なぜ皆実が生き残ったことに対して自責の念を抱くのか?これは自明の理なの? サバイバーズ・ギルトにしても・・・・・、「???」だった。
2) 打越は皆実の深い苦悩を理解し得たのか?「生きとってくれて ありがとう」という台詞では、打越が皆実を好きという気持ちは伝わってきたけど、その苦悩を理解しえたとは感じられなかった。
-----end
ただ、試写会で見た人のブログを読んだり、レビューを読んだりしたら、概ね好評なので、イマイチ と感じたのは、少数派のようです。というか、あたしの読んだ中には、イマイチ って書いてる人はいませんでした。
----------
佐々部監督の挨拶!?
まさか上映前に佐々部監督の挨拶があるとは、思ってもなかったのでビックリ。白のチノパン、チェックのシャツ、グレーのキャップであらわれた監督のお話は、軽快で楽しいものだった。
この映画、監督へのオファーがあってから、脚本が完成するまでは2年程あったらしいんだけど、撮影はスッゴク短かったみたいだ。クランクインが7月 18日でクランクアップが8月24日なんだけど、昨年(2006)の夏は梅雨明けが遅くて、実質24日間の撮影という強行スケジュールだったらしい。「低 予算で撮ってますが、いい映画です」とは監督の弁。
監督曰く、『夕凪の街』の主役には、昭和顔で儚げで不幸そうな雰囲気の女優さん・ということで、麻生久美子さんに依頼したとか。なんとなく納得で す。ちなみに監督には“幸薄い三大女優”というのがあるらしく、それは「奥貫 薫」「石田 ゆり子」、そして「麻生 久美子」らしい。なるほど。
一番登場シーンが多かった子役の小池里奈ちゃんは、『四日間の奇蹟(2005)』のオーディションでは、最後の最後に落としたらしいんだけど、今回はハマルんじゃないかということで採用となったらしい。うん、かわいかったな。
「誰に見てもらいたいですか」という質問に、「今、騒がれているあの方に見てもらいたいですね」なんて言って、笑いをとっていた。もちろんあの方と は“しょうがない大臣”のことですね。「大きな映画配給会社は、地味だからと拒否したこの映画をこそ、より多くの人に見てもらいたい。」
皆実(麻生久美子)が「生きとってくれて ありがとう」と言われるまでの告白シーン・・・撮影の都合でタマタマだったらしいんだけど、2006年8月6日原爆の日 だったらしい。この長まわしのシーンが終わった瞬間、全スタッフから拍手が起こったんだって。 。。。
ラブストーリー、アクション映画、諸々はどこの国でも撮れるけど、世界唯一の戦争による被爆国である日本でしか撮れないこのテーマなんだから、誇りを持って望んで欲しい・・・とスタッフやキャストに話したんだって。うん、ステキ。
戦争を体験してない世代である自分が撮れるのは、現代である「桜の国」があるからで、未来に向かうからこそ自分が撮りたかった。原爆も被爆も直接は 描かれていない、三世代に渡る家族がお互いを思い遣る・・・それしか描かれていない。それを丁寧に描けば、生きることを渇望して、生きることに一生懸命な 彼らの思い、そんな大きなことが伝わるはず。
映画を見終えたら、今生きていること、生かされていることに感謝して、もうちょっと頑張って生きよう!、、、そう思える映画を撮ったつもり。
描いている中身は、この夏公開映画で一番大きなことを描いていると思います。日本人が日本でしか撮れない映画を作ったつもりです、誇りを持って公開します。何故、桜の国というタイトルがどうしてついているかを、いっぱい考えて貰えるといいなあ と思ってます。
----------
映画を観た後で、原作漫画も読みました。その感想です。
◆ 2007年7月15日 原作漫画『夕凪の街 桜の国』を読んで・・・
この『夕凪の街 桜の国』は、映画ではボンヤリとした輪郭で、なんとなく分かったような分からなかったような気がしたけど、原作漫画を読んで腑に落ちた。上の方で書いた映画では「イマイチ納得出来なかった事」も、あたしなりに納得できた。
映画のようにボロ泣きは出来ないけれど、読み終えた後にじわじわっと効いてきて・・・・・ 原作漫画の感想
以下、ネタバレがあるので、映画鑑賞前の人は見ないでね。
「原爆は 落ちたんじゃない 落とされたんよ
誰かが 死ねばいいと思って 落としたんよ」
「一番こわいのは 何年かして
誰かに 死ねばいいって思われたことに
気付いてしまうことなんよ」
「誰かさん 原爆を落とした誰かさん
うれしいですか わたしが死んで うれしいですか
喜んでくれてますか」
「なんだ わたしは死なずにすんだ人じゃなかったんだ」
「長生きしーね」
(T_T) 皆実の苦悩(罪悪感!?)には、涙せずにはいられません。ワラジやワンピースのエピソードも、健気で胸をしめつけられます。
碑文の主語は誰なのか。
誰が過ちを繰り返さないといっているのか。
nono1さんがコメ欄に書いてくれた言の葉です。
とても共感しました。 ^^
♪ 死んだ筈だよお富さん
♪ 生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏のお富さん
♪ 月がとっても青いから
♪ 遠まわりして帰ろう
♪ あの鈴懸(すずかけ)の並木路(なみきじ)は
♪ 想い出の小径(こみち)よ
♪ 腕をやさしく組み合って
♪ 二人っきりで サ帰ろう
♪ 月の雫(しずく)に濡れながら
♪ 遠まわりして帰ろう
♪ ふと行きずりに知り合った
♪ 想い出のこの径(みち)
♪ 夢をいとしく抱きしめて
♪ 二人っきりで サ帰ろう
♪ 月もあんなにうるむから
♪ 遠まわりして帰ろう
♪ もう今日かぎり逢えぬとも
♪ 想い出は捨てずに
♪ 君と誓った並木みち
♪ 二人っきりで サ帰ろう
^^ どちらも当時流行ってたようです。聞くとなんとなくだけど知ってました。
広島は、お盆に右画のような「盆灯ろう」を、立てるようです。広島独特のようです。
◆映画の舞台
◇ 夕凪の街 広島 原爆ドーム
----------------------------------------
以下は、ヒロシマ原爆関連のあたしの「備忘録」です。
ヒロシマ 「平和宣言」「平和への誓い」
◆
「平和宣言」 2006年(平成18年)8月6日
広島市長 秋葉 忠利
放射線、熱線、爆風、そしてその相乗作用が現世の地獄を作り出してから61年――悪魔に魅入られ核兵器の奴隷と化した国の数はいや増し、人類は今、全ての国が奴隷となるか、全ての国が自由となるかの岐路に立たされています。それはまた、都市が、その中でも特に罪のない子どもたちが、核兵器の攻撃目標であり続けて良いのか、と問うことでもあります。 続き・・・
◆
「平和への誓い」 平成18年(2006年)8月6日
こども代表
広島市立南観音小学校6年 新谷 望
広島市立楽々園小学校6年 スミス・アンジェリア
昭和20年(1945年)8月6日、午前8時15分。一瞬にして広島の街は何もかも破壊されました。原子爆弾は、高温と爆風で人々をおそい、さらに死の放射能で街を汚染していきました。そして、その年の終わりまでに約14万人もの命が失われました。14万の夢や希望、未来が奪われ、数え切れないほどの悲しみが生まれたのです。 続き・・・
◆
NHK平和アーカイブス公開番組年表
歴史、広島、広島・長崎・その他、長崎、ラジオ、英語版にわけて、番組年表が作成されています。番組は、その詳細にリンクしていて、短い動画を見ることが出来ます(動画がない番組もあります)。
◆
ヒロシマを聞く ~向き合う 若者と被爆者 あの日の継承へ~
◇青く澄んだ空を見上げたら、オレンジ色の球体がゆっくり落ちてきたの。キラキラ輝いて、きれいだったわ。ううん。核爆弾の予備知識なんてない。うっとり見詰めていたわ。そして意識を失った。 本文・・・
◇「全滅のクラスと聞いておりました」怒りを秘むる亡友の母の瞳。「県女は全滅と聞いた」「うちの子は熱があったのに、お国のためにと(作業に)出た。なのにあなたは…」。老いた遺族の言葉が胸に刺さった。 本文・・・
◇五一年から十六年間、原爆ドームわきなどに記念品店「原爆一号の店」を構え、訪れる観光客らにドームの置物や絵はがきなどを売った。請われれば、焼かれた背中を見せた。商品が売れるほどに、被爆者仲間からは反感も買った。「原爆を売り物にしている」。 本文・・・
◇「おめでとう。日本人は原爆のおかげで、腹切りしないで生きていられた」。米国で一九八七年、第一回核被害者世界大会に出向いた際に、小倉さんはそう語り掛けられた経験もある。 本文・・・
◇二十一歳で被爆者健康手帳を取得したが、四十歳を超えるまでは使わなかった。医療費が実質無料になることが「哀れみを受けるようで嫌だった」からだ。 本文・・・
◇「お母さんは敵のバクダンになんかに死にたくありません」。そのバクダンに両親たちが奪われたと知ったのは原爆投下の一カ月後。手紙の束が形見になった。 本文・・・
◇やがて、弟の発育不全の原因が原爆だと知る。妊娠初期に爆心地から近距離で放射線を浴びた胎児にみられる原爆小頭症だった。 本文・・・
◇十年前、いったん書きかけた被爆手記を、タンスの奥にしまいこんだ。孫たちに伝えようとペンを執ったが、二世代も違う年齢差に、「本当に伝わるだろうか」と自信がなかったから。 本文・・・
上記以外にも、さまざまな声があります。 ヒロシマを聞く TOP
----------------------------------------
歴史認識 「米国の対日観」「日本の対米観」
◆
原爆切手発行問題
:
1994年11月、USPSは翌年の郵便切手発行計画をデザインと共に発表したが、そのなかの「第二次大戦50周年」の記念切手10枚のうちの1枚に、原
爆のキノコ雲が描かれ、その下に「原爆投下が戦争終結を早めた」"Atomic bombs hasten the end of war,
August 1945” という文言が入れられていたため、日本側から原爆使用を正当化するものであり是認できるものではないとして反発が起きた。
最終的には発行は中止されたが、広島市および長崎市への原爆投下に対する歴史認識の日米間の違いが顕著化したものであった。
-----
◆
スミソニアン博物館展示騒動 : エノラ・ゲイは戦後退役し解体保存されていた。 1990年代半ば、スミソニアン航空宇宙博物館側が、原爆被害や歴史的背景も含めてレストア中のエノラ・ゲイの展示を計画した。この情報が伝わると米退役軍人団体などから抗議の強い圧力がかけられ、その結果、展示は原爆被害や歴史的背景を省くこととなり規模が縮小された。この一連の騒動の責任を取り、館長は辞任した。
◇
スミソニアンの原爆展では、被爆者の遺品の
一つとして、熱で半分溶けた弁当箱が展示されるはずだった。弁当箱は、広島の爆心地にあった小学校跡から見つかったもので、女の子の名前が書いてある。持
ち主の女の子は爆弾の熱線で焼かれ、遺体すら見つからなかった。ジョン・ダワーさんはこの弁当箱に注目し、次のように解説している。
◇
歴史学者のジョン・ダワーさんは、保守化するアメリカの世論を「英雄的なアメリカ」のイメージにしがみついて、キノコ雲の下で起きた惨事や加害者としてのアメリカを考えようとしないと批判する。そして、現代史の専門家たちとともに、アメリカでの原爆展の実現のために活動を続けている。
しかし、その一方で、ダワーさんは、日本人は大戦末期の空襲や被爆でひどい目にあったことばかりを強調して、第二次世界大戦の全体像をとらえていないと語る。多くの日本人は加害者としての側面に目をそむけ、まるで自分たちこそが戦争の犠牲者であったかのように考えているという。そして、日本軍によるアジア各地での虐殺や捕虜への残忍な行為は、欧米やアジア各地ではよく知られているにもかかわらず、日本国内ではいまだに否定しようとする動きがあることを指摘する。
最後に、ダワーさんは、アメリカ人も日本人も自分たちが傷つくことを恐れて、歴史を正しく見ようとしない限り、再び、愛国心と民族主義によって国際関係がゆがんでしまう可能性があると語りかける。
◇
ジョン・ダワー(1938年-)は、米国の歴史学者である。専攻は、日本近代史。
◇
スミソニアン原爆展論争を検証する
『科学と社会を考える土曜講座 論文集』 第1集 1997年 猪野修治
アメリカの気鋭の占領史研究家で、今回の原爆展の諮問委員の一人で企画にもかかわったスタンフォ-ド大学教授バ-ンスタインによれば、この間の原爆論争
は、歴史認識をめぐる戦いであったと総括するとともに、短期的にみれば、勝者は、米国退役軍人教協会、米国空軍協会であったかもしれないが、皮肉にも、国
立航空宇宙博物館の展示中止をめぐる熾烈な論争は、過去の原爆問題にこんご高い関心もたれるであろう、と見ている。
こうして今回のアメリカにおける歴史解釈をめぐる原爆論争は、博物館側の敗北に終わったのではなくて、いまはじまったばかりなのであり、昨今の日本の第二
次世界大戦での侵略行為をどのように日本国家として明確にして行くか、さらには、日本厚生省が推し進めている「 平和記念館計画」をどうみるか、とも関係す
る、歴史認識の根本に据えられる貴重な教科書でもあるのである。
というのも、のちにみるように、スミソニアン航空宇宙博物館の学芸員たちは、アメリカ政府議会直轄の国立博物館で、日本への原爆投下した当事国と人間とし
て、自らの国家の行為、そして第二次世界大戦の総体を見なおそうと、世界に訴えたこと、それ自体から、われわれは学ぶべきなのである。そもそもあるべき博
物館とは、「重要な史実をすべて公けにし、建設的な議論を招くものではならず、権力を後盾にした歴史の一方的な解釈を押しつけたり、在郷軍人会や遺族会と
いった特定の利害グル-プに歴史を私物化させる場ではあっていけないのである」
のちになんども書き換えを余儀なくさせられることになる、最初の展示企画書を読む者は、筆者にかぎらず「感動の念」を禁じえないであろう。というのも、日 本へ原爆投下した当事国のアメリカの歴史家たちが、「ありったけの学識を投入」し、原爆投下の決定と投下、第二次世界大戦の終結、さらに原爆投下が戦後の 歴史に与えた影響を「自省的」に考察し、それを「原爆神話の世界」に生きる自らの国民に対して、大胆かつ冷静に提示しようとしていることが、企画書の随所 に読み取れるからである。
◇
スミソニアン原爆展論争 原爆の使用は正しかったのか?
この回の授業は、第二次世界大戦末期に広島と長崎に落とされた原子爆弾をどう評価するか、スミソニアン博物館の原爆展論争を振り返ることで考えまし
た。授業では、以下のビデオや参考意見を見た後に、原爆の使用は「正しかった」「まちがっていた」のどちらかの立場からレポートを書いてもらいました。
「原爆の使用は正しかった」「原爆の使用はまちがっていた」「保留・その他」の、日本の学生の意見を読むことが出来ます。
広島・長崎への原爆投下を考えることの意味は、たんに51年前にあったことを振り返るというだけではありません。現在、数万発ある核兵器をどう評価するかということでもあります。当時の使用を「正しかった・しかたなかった」と判断することは、将来、ある条件を満たせば、再び核兵器の使用を認めるということでもあります。「強力な爆弾を使えば戦争を終わらせることができる」という考え方はその代表的なものです。そういう意味で、過去の原爆使用を評価することは、未来の世界を考えることでもあります。
日本で南京虐殺や従軍慰安婦の展示をおこなうことには様々な抵抗があります。まして、スミソニアンのような国立の博物館でそうした展示を行おうとすれば、日本でも大論争になるでしょう。そういう意味でも、今回のスミソニアン原爆展をめぐる状況は、「アメリカ人は傲慢だなあ」と人ごとですませられる問題ではありません。 本文・・・
-----
◆
防衛相の原爆「しょうがない」発言 2007/06/30
本当に原爆が落とされた長崎は、本当に無傷の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなという風に思っているところだ。米国を恨むつもりはない。勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという、そういう思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るということも頭に入れながら考えなければいけないと思った。
いずれにしても、そういう形で自由主義陣営に吉田さんの判断でくみすることになり、日米安保条約で日米は強く、また米国が日本の防衛を日本の自衛隊と一緒に守るということを進めることで…。戦後を振り返ってみると、それが我が国にとっては良かったと思う。
原爆を落とした、落とされたのは返す返すも残念だし、あんな悲劇が起こったというは取り返しの付かないことになったわけだが、しかしそういう歴史を振り返ってみたら、「あのときこうしていれば」と後悔してもしょうがないわけだし、とにかく今みれば米国の選択というのは米国からみればしょうがなかったんだろうと思うし、私は別に米国を恨んでいませんよとそういう意味で言ったわけだ。「しょうがない」という言葉が、米国の原爆を落とすのがしょうがなかったんだということで是認したように受け取られたことは非常に残念だ。
◆
核不拡散担当特使(前国務次官)が2007年7月3日、米国とロシアの核エネルギー利用と核軍縮における協力についての共同記者会見で述べた言葉。
「原爆の使用は、連合国側の数十万の生命だけでなく、文字通り何百万もの日本人の命がさらに犠牲になるかもしれなかった戦争に終わりをもたらしたということに、ほとんどの歴史家は同意すると思う」
-----
◆南京大虐殺 ◇Q&A 南京大虐殺って・・?QNo.2336300 ◇Q&A 南京大虐殺についてQNo.309182
◆731部隊 ◇Q&A 731部隊に関してQNo.1097477
◆慰安婦 ◇Q&A いわゆる従軍慰安婦について教えてくださいQNo.2894540 ◇Q&A 従軍慰安婦についてQNo.3004004 ◇Q&A 従軍慰安婦問題はどうしてこじれているのでしょうか?QNo.1447524
◆広島への原子爆弾投下 ◇長崎への原子爆弾投下 ◇Q&A もし原爆投下がなければQNo.3138866 ◇Q&A 「原爆」に関して不思議に思うことQNo.3133243 ◇Q&A アメリカの原爆についての認識QNo.2321924
◆ひろしま市政ポッドキャスト 「平和宣言」も「平和への誓い」も、ポッドキャストで聞くことが出来ます。今年の8月にも、また配信されると思います。
あの発言やその報道、この映画や他の映画、ネットに、本に、
イロイロ、想ったり、考えさせられたりしてます。
「そして確かに このふたりを選んで 生まれてこようと 決めたのだ」
◆ 2007年7月15日 原作漫画『夕凪の街 桜の国』を読んで・・・
映画を観た後で、原作漫画も読みました。その感想です。
この『夕凪の街 桜の国』は、映画ではボンヤリとした輪郭で、なんとなく分かったような分からなかったような気がしたけど、原作漫画を読んで腑に落ちた。映画のようにボロ泣きは出来ないけれど、読み終えた後にじわじわっと効いてきて・・・・・原作漫画の感想
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/97690/7046445
この記事へのトラックバック一覧です: 夕凪の街 桜の国:

















コメント
映画みました。
涙がたくさん出ました。
皆実の、けなげさ、明るさが、その後の物語展開の悲しみを
ずーっと引っ張っているんだなって思いました。。
投稿 nono1 | 2007年8月12日 (日) 23時45分
皆実 けなげでしたよね
麻生久美子は熱演でした
。・°°・(>_<)・°°・。
投稿 さくらスイッチ | 2007年8月13日 (月) 09時01分