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2007年7月 6日 (金)

いま読んでる本 これから読む本

いま平行して読んでる本が2冊あって、
そのうちの一冊が、
『クマのプーさん』ならぬ『タオのプーさん』。

The_tao_of_pooh

三人の男が、大きな酢桶を囲んで立っている。
それぞれ指を酢に浸して、味見をしたばかりだ。
三人の男とは、中国の「三教」の代表だということ、
そして味を見ているその酢が
人生の本質を象徴していることを心得ておくほうがいいだろう。

三人の導師とは、孔子、仏陀、
そして現存するもっとも古いタオイズムの書の著者、老子だ。


一人目はすっぱそうな表情を浮かべ、
二人目は苦い顔、
なのに三人目はほほえんでいる。

孔子にとって、人生は、どちらかというとすっぱいものだった。
仏陀にとって、この世の生活は苦しみを招く
執着や欲望に満ちあふれた苦々しいものだった。
老子にとって、そもそもはじめから天地のあいだにあった自然の調和は、
だれもがいつでも見出しうるものだった。

地は、その本質において天を映し出しており、
おなじ法則によって営まれている-
人間の法則によってではない。

老子によれば、宇宙の法則によってつくりだされ、
支配されている自然のバランスに人間が介入すればするほど、
その調和は遠のいてしまう。
無理をすればするほど、問題が大きくなる。

軽重、乾湿、遅速にかかわらず、
万物はその内に独自の性質をもっており、
それを無視すると面倒が起こらずにはすまない。
観念的で一方的な規則が外から押しつけられれば、
どうしても軋轢が生じる。

人生がすっぱくなるのはそのときだけだ。

老子にとって、
この世は罠をしかけるどころか、
貴重な教えをもたらす師だった。
この世の法則にしたがわねばならないのと同じことで、
その教えは学ばなければならないが、
それを学びさえすればなにもかもうまくいく。

「塵界」に背を向けるより、
「世の塵れ(よごれ)とひとつになれ」と、
老子は説いた。

天地のあらゆるものの背後で作用するものを、
彼はタオ、すなわち「道」と呼んだ。
     


Winnie_the_pooh02_2「でも、それがお酢となんの関係があるの?」
と、プーがきいた。
「それは説明したと思ったよ」
と、ぼくはいった。
「ぼくはそう思わないな」
「それなら、いま説明しよう」
「それがいい」

 

タオプーさん 』  著・ベンジャミン・ホフ

070705_4

   

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コメント

老子が好きです。

その思想にとても親近感をいだいています。

静かな笑顔のようでいいですね。

    調和が大事。そう思います。

「上善は水の如し。」この言葉も好きです。

投稿: nono1 | 2007年7月 6日 (金) 07時24分

「自然体 きどらない かまえない 
          寛容 ゆるす 笑う ユーモア」

nono1さんのこの言葉、老子に通じるものを感じます♪


「水は善く万物を利して争わず。」

投稿: さくらスイッチ | 2007年7月 6日 (金) 21時05分

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