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2007年11月17日 (土)

241: ブレイブ ワン

“モラル”という境界線を超えることが出来るか?

どこに“境界線”を引くか?

どこまで“境界線”を超えるか
     

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原題 : The Brave One

監督 : ニール・ジョーダン
脚本 : ロデリック・テイラー
製作 : ジョエル・シルバー、スーザン・ダウニー
撮影 : フィリップ・ルースロ
音楽 : ダリオ・マリアネッリ

キャスト : ジョディ・フォスター ナビーン・アンドリュース テレンス・ハワード メアリー・スティーンバージェン ニッキー・カット

製作 : 2007年 アメリカ
日本公開 : 2007年10月27日
上映時間 : 2時間2分

婚約者との幸せな未来を夢見ていたヒロインが、暴漢に襲われて婚約者を亡くしたのを機に、悪に制裁を加える“処刑人”と化す・・・

◆◆◆さくら60点or75点 ^^;  劇場鑑賞

The_brave_one01日本語と英語の公式HP、それぞれのキャッチコピー。

許せますか、彼女の“選択”

HOW MANY WRONGS TO MAKE IT RIGHT?

何に焦点をあてるかで見えるものも違ってくる。

 

               

以下、ネタバレありの長文。
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◆「The Brave One」とは いったいどういう意味だったのか

The_brave_one07_2 「銃、復讐、選択、怒、変貌」そんな表現が中心なのかと思って映画を観たら、表向きなストーリー展開は確かにそうなんだけど、その裏にあるのは「喪失感、恐怖、苦しみ、迷い、哀しみ」そんな表現で満載の映画だった。

ジュディ・フォスターの演技に惹き込まれ、あたしはエリカ・ベインにかなり共感してしまった。アパートの玄関ドアが怖くて開けられないシーン、街に 出れたら出たで恐怖心で一杯になるシーン、事件後にラジオで話した「世界で一番安全な大都市ニューヨーク・・・あんなに愛していた街なのに、なんでもない 場所にいても、恐怖心で一杯になってしまう・・・わたしは知らなかったから・・・」という言葉、思わず涙してしまった。「眠れない・・・」とマーサー刑事 (テレンス・ハワード)にかけた電話、「きっと最後の1つの証拠も見つかるわ・・・」といった時の表情、など。混乱と矛盾する考えに苦しむ彼女の姿が哀し くて、胸が締め付けられるような思いがした。

映画を観終えて、あのラストシーンから遡って想い出してみて、「The Brave One」という意味をあたしなりに考えてみることにした。エリカが“勇気”を出して戦っていた相手は何だったのか。

観終えて思ったのは、エリカが“銃を持ち制裁をした”からではなく、エリカが“自己の喪失感や恐怖心と戦い、罪を背負い、死を受け入れ、生き続けて いく”から、それをこの作品では、「The Brave One」と表現したんじゃないのかなという事だ。といって、彼女を称えているわけでもないと思った。なんて言うか、「The Brave One」を提示しているというよりは、考えて欲しいと問いかけてるような感じ。

一度は警察に自首しようとしたエリカ、一度はマーサー刑事に渡した銃、エリカ達を暴行した犯人を銃殺、マーサー刑事(テレンス・ハワード)に銃口を 向けた時に震えた手、立ち去る哀しい後姿、・・・・・新しい自分になったと言った彼女はあの後どうしたのだろう。制裁を続けたのか止めたのか。あたしは、エリカを「許せない」と言い切るのは躊躇するけど、彼女のとった行動を「間違っている」と言い切るのには躊躇しない。

      
    

◆映画が比喩していたものと 刑事ショーンの選択

The_brave_one04 ここまで考えて、この話が9.11以後のニューヨーク市民をエリカになぞらえているように、あたしには思えてきた。‘9.11のテロリスト’が‘エリカたちを襲った暴漢’、‘9.11テロで亡くなった人たち’が‘エリカの婚約者’、‘生き残ったニューヨーク市民’が‘エリカ’、で、‘9.11以後のアメリカの対テロ対策’が‘事件後のエリカのやった行動’。 。。

日本語公式HPの作品情報の冒頭を置き換えてみると、許せますか、アメリカ彼女)の“選択”  これが、アメリカ彼女)の答え  アメリカジュディ)が、最後の一線を越える-

The_brave_one10 となる。日本もその“選択”を支持したんだよね。この映画の中でいったら、テロの直接的被害にあっていない先進国日本は、iPodを取られた白人少年が近い存在かな。怖い思いはしたけど暴力の被害にはあっていない、銃を持っていない、完全に善良ではない、弁護士の親に守られている、そんな恵まれた少年。彼はエリカの行動を支持してるしね。他の登場人物にも、そんなこんなを考えながら改めてこの映画を思い返してみた・・・・・

辛かったでしょう、という儀礼的な言葉。警察なんてあてにならない、と言ったエリカ。     ガンショップ。最初は違法だからと売らないが、裏ではアジア系男性に違法に銃を売らせている。     エリカを心配し手当てした、同じア パートのアフリカ系女性。「わたしの国では子供に銃を持たせ 親を殺させる 誰にでも境界線を越えられるという事を分らせるために・・・」

The_brave_one16 ベトナム人の妻を撃ち殺した白人夫を、自衛のために銃殺。     地下鉄で襲いかかってきた暴漢を待ち構えたかのように銃殺。「複雑な気持ちなんだ やつらが死んでくれて嬉しいし」     お金を盗んでいないという事を、クローズアップ。      女性を車に拉致して連れ回していた男を、女性を助けようとして銃殺。「見たことをそのまま正直に話して」「何も見てないわ」あげた十字のペンダン ト。     妻を口封じで殺した犯罪組織のボス(?)をバールで殴り、突き落として殺す。「誰かがプレゼントしてくれたんだ」     殺した相手は悪人。     婚約者を殺し、自分に暴力を振るった男達を銃殺。

エリカのラジオ番組に生放送で寄せられた声。リスナーは当事者では無い。無責任な世間の反応。このリスナーは、この映画の観客にも通じる。     「きっとこう思っているはず なぜ代行するんだと」     暴行した男の彼女。「あなたを見たことがある あなたみたいな目にあいたくない」ごめんね、という言葉と共に送られてきた住所と動画付きメール。

エリカたちを暴行する現場を撮影していた彼ら。防犯カメラのビデオを持ち帰ったエリカ。

The_brave_one02 エリカ以外では最大の重要人物だったマーサー刑事が表現しているのが何かを考えてみると、“アメリカの正義感”、“アメリカの良心”かな、やっぱり。とする と、制作側がラストシーンであの判断を彼にさせたのは、(あたしにとっては)意外なだけに深いのかもしれない(苦笑)。マーサー刑事自身は、あの判断をし た事に罪悪感を持つのかな・・・。職業倫理やモラルに照らし合わせたら持つんだろうけど、彼個人の心情としては持たないよね、きっと。あの結末で、マーサー刑事 にも“罪”を背負わせた、と思うのは、あたしだからなのかもしれない。マーサー刑事のあの行為を、“正義”として受け止める人もいるに違いない。

犬。エリカが婚約者と一緒に住んでいた部屋で飼っていた、公園で暴行される切っ掛けを作ってしまった、最後、エリカが暴行犯から取り戻そうとし、そして、立ち去る時には忘れていったあの犬。あの犬は、エリカの平穏な日常の象徴かな。あの後どうなったのか気になる。

   
   
    
       

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The_brave_one09 The_brave_one11 The_brave_one15

◆エリカにとっての“世界”とは・・・・・

エリカにとって、アパートが、自分自身が、住んでいる街そのものが、それ ら全てが、辛い記憶と恐怖を蘇らせるトリガーになってしまった。つまり彼女の精神世界では、常に銃のトリガーを引かれて殺されている“戦地”ってわけだ。 日々、死んでいく“自分”。それと戦うために、生き続けるために、現実世界で拳銃を買い、現実世界で銃のトリガーを引くようになる。エリカにとっては、どの殺人も自己防衛だった。そうする事で“彼女の世界”の均衡がとれ、“自分”を保っていられるようになったのだろう。

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◆もし自分だったら・・・・・

最後に考えたのが、もし自分だったら、というものだ。

The_brave_one03_4 もし自分がエリカだったら・・・・・。アパートが、自分自身が、住んでいる街そのものが、それら全てが、辛い記憶と恐怖を蘇らせるトリガーになってしまう。でも、生きていくしかない、そんな状況。エリカが銃を持ちたくなる気持ちは分る気がするが、銃を持ってしまった事には否定的な感情を持つ。境界線を越えてしまった彼女。・・・・・あたしなら、まず銃を持たない。恐怖を乗り越える方法は、他に求める。

The_brave_one06_2 もし自分がマーサー刑事だったら・・・・・。犯罪者は多い、犯罪を憎む気持ちが強い、でも、犯罪者だと分っていても、証拠がなければ挙げられない。挙げられない間に、また犯罪が起こる。どうしようもない苛立ちとジレンマ。エリカ達が暴行される動画を見て、正義感が強いから尚のこと怒りを感じたに違いないが、自分の銃を渡した事には否定的な感情を持つ。境界線を越えてしまった彼。・・・・・あたしなら、生きたまま暴漢を逮捕、そしてエリカも逮捕する。

The_brave_one53もし自分が同じアパートに住むアフリカ系女性だったら・・・・・。何となくエリカの危険な変化に気付いている、でも彼女を止められなかった。怪我をしたエリカを治療、公共スペースを汚したエリカの血を掃除して、エリカを助けた。彼女は、今のエリカをそのまま受け入れた。・・・・・もし、エリカがあたしの家族や親友や恋人だったら、あたしはどうするだろうか。こういう風に変わったエリカを受け入れる事が出来る、と言いたいトコロだけど、無理だと思う。ただ、エ リカがそうなってしまうまで、何の手助けも出来なかった自分を、責めたくなると思う・・・・・。

あたしも境界線を越える可能性を持つ人間だと想うけど、あたしは境界線を越えない。境界線を越えた人間を、受け入れる事は出来ない。だって、そう いった過去を乗り越えて反省したから、現代の法治国家があるわけでしょ。その現代に生きられているのだから、あたしは境界線を越えない。

ただ、ふとエリカの声がよみがえり、そう言えるのは、あたしが知らないからなのかもしれないと思ったりする。境界線を越えたくない、それは誰でも同 じこと。境界線を越えない、そんなモラルと正義、それはエリカだってマーシー刑事だって持っていた。嫌なニュースの多い昨今、被害者になる可能性は誰にでもある。いつかあたしも試される時がくるかもしれない。

でも、あたしは、境界線を越えない。だって、境界線を越えたが最後、傷は永遠に癒えないことが分ったから・・・・・。













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境界線を越えるという事を 疑似体験した

生き続けたいし 生き続けなければならないし 生き続けていくしかない

それは エリカにとって勇気のいる事

   





   
     
以下、インタビュー記事からの抜粋。

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◆主演のジュディ・フォスター◆

シネマトゥデイ ジョディ・フォスター インタビュー “正義”や“モラル”に対する答えではなく問いかける映画

The_brave_one51・“一線を越えてしまう”ヒロイン

―― このプロジェクトのどういった部分に惹かれたのでしょうか?

プロジェクトの始まりは、かなり前のことなの。最初の脚本では、主人公は新聞記者だったわ。事件の真相を探るミステリー風で、自警行為に走るダーク・アクションだったの。それを少し知的に磨き上げるために脚本を何回も練り直して、これぞ人間っていうリアルさや内面を描くことに成功したのよ。ごく普通の人間が“一線を越えて”モンスターになるキャラクターにしたかったの。そもそも一般的に、女性は見知らぬ人を殺す傾向になりえないらしいの。だから、“一線を越えて”しまうエリカの動揺や混乱ぶりは、とても興味深かったわ。最愛の人を失った悲劇をきっかけに、別の人格が芽生えるという、普通では理解し難いことが起こるの。そして、最終的には彼女の行動に対して、共感できる物語になったと思うわ。

―― エリカの役作りについて教えてください。

新聞記者の役を、ラジオのパーソナリティーにしたのはわたしのアイデアなのよ。いろいろなリサーチをしたんだけど、まず、ラジオの仕事を知るために、ロサンゼルスのラジオ局を見学したわ。パーソナリティーが座るブースの中は、窓もなく隔絶された独特の世界だったわ。顔の表情や体をまったく使うことなく、すべてを声のみで表現するのがエリカなの。そこでヘッドホンをつけて自分の声だけを聴いてみると、その声はまるで音楽のように旋律豊かに聞こえてくるのよ。それから昼夜を問わず、エリカが仕事のときに、レコーダーで街の音を拾うときのように、ニューヨークの街をたくさん歩いたわ。あとはPTSD(=心的外傷後ストレス障害)についても調べたわ。

―― そういったリサーチをされた中で、何か新しい発見がありましたか?

エリカの番組の放送は夜だから、話し声に特徴があって、その語り口を映画全体のトーンにできる! って気付いたことね。それか「ニューヨークの街を歩き回った」って話したけど、それが長時間になると、周囲の音や目的とかは頭の中からすっかり消えてしまって、瞑想(めいそう)状態になれる! ってことを発見したわ。それを知って、エリカの役作りに生かしたの。つまり、ある意味エリカは独特の世界を持ち、頭の中で暮らしているようなタイプの人ということね。

・“正義”そして“モラル”とは

―― 本作における“正義”とは、何だと思いますか?

この映画の正義をはとても複雑だと思うわ。エリカは自分の行動とそれが招く結果も含めて、すべてを理解していたはずよ。正義や裁くことの意味、暴力がすべてを破壊してしまうことも。被害者として、法で裁くのではなく自分の心情に沿った罰し方を求めた結果、犯罪者を裁く正義の処刑人として究極の裁きを下す。それは法に触れるし、間違った選択だと分かっていても自分では抑えることができなかったのね。それと同時に誰かに止めて欲しいとも願っていたと思うわ。

―― では『ブレイブ ワン』での“モラル”について、どのように考えますか。

『ブレイブワン』は、モラルを描くタイプの作品とは少し違う気がするの。確かに物語の中で、多くの問いを投げかけてはいるけれど、答えは提示していないわ。こういった“一線を越える”という境界線って、とてもあいまいだと思うの。そんなふうには決してなれない! って頭ではモラルや正義を理解していても、特にそれを問われる状況下では自分がどんな人間になるのか分からないもの。だからこそエリカは、テレンス・ハワードが演じたマーサー刑事のことを自分のモラルと対を成す相手として見ているの。彼は決して、“一線を越える”タイプではないし、彼なら自分を救える! と思えたから。

・ヒロインの選択に注目してほしい

―― 最後に映画を観賞した観客に、投げかけたいメッセージはありますか?

基本的に観客に委ねたいと思っているの。自分ならエリカと違う反応をする! と思うかもしれないけれど、実際に彼女の立場になってみなければ分からないことだと思うわ。わたしが脚本を読んだときに一番驚いたのは、彼女の選択ね。きっと観客も驚くと思うの。観た人それぞれが感じたまま、それぞれのモラルで映画を楽しんでくれればいいと思うわ。

GyaO CINEMA『ブレイブ ワン』 ジョディ・フォスター インタビュー

―― 今回の作品には、明らかにこれまでの映画にはみられなかった新しい要素があると思うんですが、ジョディ・フォスターさん自身、どの点が一番気に入られて、この作品をつくりたいと思われたのですか?

ジョディ・フォスター(以下、ジョディ):「私が気に入っているのは、この作品が二つの面を持ち合わせているところです。一つは、非常に知的な面。この映画には議論する点がたくさんあって、見終わったあと、とても不可解で複雑な疑問がたくさん生まれてくると思います。そしてその一方で、これとは正反対の、まったく知的とは言えない人間の人間らしい感情や原始的な衝動などを見ることができます。この二つの相反する面を持ち合わせていることが、この作品の魅力だと思うわ」

―― この作品は、ほとんどすべての人間の根底にある「倫理観」を試す作品だと思いますが、ご自身は、主人公エリカ・ベインの行動についてどうお考えですか?

ジョディ:「彼女は間違っていると思うわ。でもこの映画は、彼女が正しいか、正しくないかを問うものではないと思います。観客は彼女の行為を判断するのではなく、エリカになって、彼女の見た世界を一緒に経験するの。そうやって、エリカとともに一歩ずつ進み、彼女の暴力性が徐々に増していくのを身近に感じていく。彼女と同じことが私たちにも起こりうるかはわかりませんが、私たちの中には、確実に自分たちの知らない、疑ったこともないような部分が潜んでいると思うわ」

―― エリカのラジオパーソナリティという職業は、作品にどのような効果をもたらしているとお考えですか?

ジョディ:「作品のトーンを形作ったと思うわ。声から受け取るイメージっていうのは、どこか親密で、でも同時にすごく遠くに感じたりするでしょう。映画の始めの方で、エリカが『私は声であり、顔ではない』と言うシーンがあるけれど、まさに彼女は体を失った亡霊のようだった。でも一線を越えた後の彼女は、ラジオの声を通して、自分の肉体を感じさせるような『私は生きたい』というメッセージを伝えているの。結局それは誰かが死ぬという結果につながったんだけどね」

―― エリカは自らの暴行事件の後、それまでとは別人のように変化しています。“人間的な暖かいものから無機質で冷たいものへの変化”と感じられたのですが、その表現に何か工夫なさったことはありますか?

ジョディ:「うーん、そうね、私は事件後のエリカは、以前にも増して人間らしくなったと思うわ。事件前は美しい、確かな人間らしさを持っていたけど、事件後の彼女には恐ろしい、どう猛な人間らしさが出てくる。この二つは正反対のようだけど、どちらも非常に人間らしいところだと思います」

―― 演技にあたって、難しいところはありましたか?

ジョディ:「ええ、本当に、とっても難しかったです。彼女のような、内面的な世界に生きる女性を演じるのは容易ではないし、見ている人たちを彼女の中に取り込み、拒絶させることなく最後まで彼女を感じてもらえるようにするのは大変だったわ」

―― マーサ刑事を演じた、共演者のテレンス・ハワード氏はどのような役者さんですか?

ジョディ:「彼は私とはまったく違って、あまり考えず感情の赴くままに仕事をする人ね。私はセットに着くまでに、自分で決めたことのリストを作成したりして、撮影が始まる前からいろいろ考えるけど、彼はセットに着いてからどうするかを決める。その決め方もすごく感情に任せるのよ」

―― エリカと出会い、自身の倫理観を試されるマーサ刑事ですが、二人の関係はお互いにどんな影響を及ぼしたと思いますか?

ジョディ:「彼らの関係はとても美しいわ。素晴らしいと思うのは、二人の仲は親密であるのに、それがセクシャルな親密さじゃないということ。彼は彼女によって変わっていく。気付いているかどうかわからないけれど、お互い惹かれあっているの」

―― エリカ・ベインの恐怖を克服する自警行為は、復讐を果たした後も続くと思いますか?

ジョディ:「それは私たち製作側でも疑問に思って良く話し合いました。私の意見は、彼女は全くの別人になったのであって、元の自分には戻ることはできないということ。つまり、作品の中で『私の中の別人が私自身に成り代わった』とあるように、私の答えはイエスよ。彼女は自警行為を続けると思います」

―― 報復をしてもエリカの心は満たされないし、なんの解決にもならないという意味で、9.11以降のアメリカを象徴している暗喩的な部分は本作品にありますか?

ジョディ:「ええ、よく似ていると思います。そして、映画『タクシードライバー』が、ベトナム戦争後の病んだアメリカを象徴していたのと共通しているかもしれません。例えば、NYという都市は警察もたくさんいるし、タイムズスクエアはディズニーランドみたいでしょう。でも、それでも人々は安全だと感じない。「恐れ」がすべてを作り出してしまうのです。何か恐ろしいことが発生して、それをどうやって処理するかわからないと、人々怒りを感じる。これが今のアメリカの状態だと思うし、この作品で隠喩していることだと、多少言えるかもしれませんね」

―― ニール・ジョーダン監督とのお仕事はいかがでしたか?

ジョディ:「大好きな人です。ずっとお仕事がしたかったので、すばらしい機会をいただきました。とっても協力的な人だし、アイルランド人独特のセンスを出してくれます。この作品が彼の手によって撮られたことを、本当に誇りに思っています」

―― 作品の重要なキーの一つに「恐怖」があると思いますが、ジョディさん自身、「恐怖」を克服するためには何が必要だと思われますか?

ジョディ:「私の場合は、映画の中で恐怖を克服するわ。スクリーンの上で、恐ろしいと思うすべてのことを経験するんです。それで、主人公になって、私だったらどうするか、どうやって生き残れるかを考えるの。そうやって心の中を浄化するのよ」

―― 輝かしいジョディさんのキャリアの中で、本作品はどのような位置づけになると思いますか?

ジョディ:「今までのたくさんの映画の中で一番誇りに思っている作品です。この映画がとても好きよ。今までよりも、熟した演技ができていると思うわ。私もうすぐ45歳になるし、20代の時の演技とはもちろん違ってくるものね。昔から倫理観というテーマには興味があったけれど、それに対する疑問は今と比べるともっとはっきりしていました。でも、年齢を重ねるにつれて、その答えはぼやけ、複雑なものになってきたと思うわ」

―― 次回作は?

ジョディ:「もう撮り終わったわ!『Nim's Island』という子供向けの冒険映画で、オーストラリアで撮りました。今回の映画とはぜんぜん違って、科学者の父親と孤立した島に住む、小さい女の子が主人公のお話です。とっても楽しい映画よ」

―― これからのお仕事の展望はありますか?

ジョディ:「わからないわ。私はもう40年以上も俳優をやってきているのよ。でも今一番興味があるのは、もっと監督として映画を製作していきたいということね。俳優として映画に携わる時は、監督がどのように、何をしているのかをそっと観察しているのよ」

eiga.com ジョディ・フォスター インタビュー 「ラストシーンが、演じる上で一番チャレンジングだった」

ラストが論議の的になっているが、「撮影が始まってからずっと、ラストをどうするか議論し続けたけど、最後の最後まで決まらなかった。だからあのシーンが、演じる上で一番チャレンジングだったわ。エリカは決して自分のしたことから逃れたんじゃない。恐怖と恥を持ったまま生きることを選択したのよ。

 
 
 
      
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◆ニール・ジョーダン監督◆

@nifty映画 人間の境界線とは?『ブレイブ ワン』ニール・ジョーダン監督独占インタビュー

Inter_img0 ―― 自分の作品として消化するには

「最初に、プロデューサーのジョエル・シルバーさん、ジョディ・フォスターさんから脚本が送られてきたのですが、自分で書いた脚本ではないので、正直なところ、この映画を作れるかなと思っていたんです。でも、女性の主人公が、自分の中に棲む、自分だとは到底思えない、恐ろしいモンスターのような自分を段々と発見していく。以前の自分を失うことで、別の自分を見出していく…そういうものを表現できたなら、これは私の映画としてできるんじゃないか、それを表現できなければ、私の映画にはならないなと思ったんです。
最初に脚本を読んで興味惹かれたのは、エリカが境界線を越えるというところでした。人間というのは、社会的にきちんと生活をしていても、あることを堺に、自分でも驚いてしまうような、許されざることを犯してしまう面も持ち合わせている。考えてみれば、私たちが住んでいる世界は、そういう恐ろしいことがおこりうる世界なんだと思います。
エリカの場合には、自分の彼を失ってしまったことで、頭が狂うほど悲しみ、自分というものを失ってしまう。私たちの人生の中でも、悲しみのために、自分がまったく違った人間になってしまうということが、ありうるのではないでしょうか?」

―― 幸せな風景に思えたNYが、恐怖に変わったら…

この作品を描くにあたって、9・11のことも考えたというジョーダン監督。舞台となっているニューヨークの街も、エリカの心境を映すものとして重要な役割を果たしている。ジョーダン監督というと、故郷・アイルランドの印象が強い。NYになじみのない監督は、撮影にあたって、ずいぶんとこの街を歩き回ったという。

「ニューヨークは、不思議な街ですよね。行ったことのない人でも、ニューヨークといえばイメージできる。なじみのある場所だと思うんです。でも、今回、私はそんなニューヨークを忠実に写し取るのではなくて、どちらかといえば、美しいおとぎ話のように思っていたものが悪夢のように見えてきてしまう、そんな場所を見つけようと思っていました。だから、ロケハンで重要だったのは、よくわからない迷いと、美しさ。その両方がないと、彼女にとって、親しみのあった場所が恐怖にとらわれた場所に変わってしまったことを表現できないと思ったんです。そんな場所を3~4ヶ月、歩き回って探してまわりました」

―― ジョーダン監督が描き続ける、境界線

「この映画で、彼女の声が語るところがありますよね。いい・悪いではなく、どうして彼女がこうなってしまったのか、彼女自身も理解できない。もうひとりの自分がいて、法的に許されないことをする。どうして自分はこんな行動をしてしまうのだろう、どうして誰も自分を止めないのだろうと、彼女自身が二つに分かれていく。そういう部分が非常に面白いと思ったんです。最初にこの脚本を読んだ時から、彼女がとる行動には不合法なことがたくさんあるのに、彼女への同情が消えることがなかったんです。いろいろな段階で、いろいろな事件が起こる。そのたびにいつも、自分は彼女への同情を失ってしまうのか、問いかけていました。彼女のやっていることが悪いことなのにも関わらず、私は彼女に同情を感じ続け、その気持ちがあったからこそ、この映画を引き受けようと思ったんです」

毎日jp ニール・ジョーダンに聞く

―― エリカは“一線を越えて”しまいますが、監督自身は彼女に共感できますか。

ジョーダン できますね。エリカは復讐のためにああしたことをやってしまうのだが、最初に脚本を読んだときから、彼女に対する同情心は失われることはなかった。どうしてなのかはわからない。女性だからなのか、あるいは、あまりにもひどいことが彼女に起こってしまったからなのか……。

ただ、こうも思う。エリカに対して観客から同情が集まるのは、ジョディの演技、彼女が持っている迫力、そうしたもののせいかもしれないってね。いずれにせよ、私は観客に、エリカはあんなに恐ろしいことをしているのに、なぜ自分は彼女に同情しているのか、と自分に問いかけながら作品を見てほしいと思うんだ。もちろん、エリカがやることは、法律的には認められないことだけれどね。

―― 復讐という行為をご自身はどう思いますか?

ジョーダン エリカのように実際にひどい暴力を受けた人間が、それに対して“復讐”という形で反応する。エリカの頭の中では、その復讐はいたって合理的なことなんだ。そして、その考えに基づいて、彼女は“犯罪”を繰り返していくんだ。

私は、復讐を一つの比喩として表現したつもりだ。つまり、復讐というものによって人はどんなことをしてしまうのか、あるいは復讐というものが社会にどのような影響を与えるのか。そうしたことを、この映画では示したかったんだ。

シネトレ 『ブレイブ ワン』 ニール・ジョーダン監督 “僕が作る映画は、自分への問いかけでもある”

―― ちなみに、このテーマに関する監督なりの答えというのは?

私は映画の中でなにかの答えを提示したり、私が考える答えを見せようという気持ちはありません。ただ、私が伝えたかったのは、どんな人でも、私でもあなたでも、“普通の人が何かをきっかけに、こういうことができてしまう”という事実なんだ。例えば若い人を軍人にして、銃を持たせて外国に行かせると、たくさんの人を殺すことができてしまう。それがまさに現実社会で起こっていることで、その恐ろしさこそが、私がこの映画で描きたかったものなんだ。

   
   
   
   
   
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◆プロデューサーのジョエル・シルバー◆

goo映画 ジョエル・シルバー goo単独インタビュー

Iv01 『リーサル・ウェポン』、『ダイ・ハード』、『マトリックス』など数々のヒット作を生み出し、ハリウッドで最も成功したプロデューサーと言われるジョエル・シルバー。彼が『ブレイブ ワン』を手がけることになった理由や、主演・製作総指揮を務めたジョディ・フォスターについてお話を伺いました。

―― ニール・ジョーダン監督からの要求で苦労したところは?

ジョエル :苦労したっていうのはないかな。僕たちはとてもうまく仕事をすることができたから。かつてどんな映画にも登場しなかったようなニューヨークの街並みを描くため、ニールはプロダクションデザイナーと一緒にたくさんのロケーションを自ら探した。キャスティングもすべて入念に行ったんだよ。彼の仕事ぶりには感嘆させられたよ。今後も他の作品で一緒に仕事ができたらいいな、と思っているんだ。

―― 従来のニューヨークのイメージを覆すようなロケーションですね。

ジョエル :この作品では絵葉書に出てくるようなニューヨークを登場させたくはなかったんだ。リアルな、真のニューヨークを描きたかった。映画を観ている観客に、実際にそこに住んでいる人たちが、日々感じるような実際の街の感覚を感じ取ってもらいたかったんだ。なぜなら、この作品ではニューヨークは単なる背景ではなくて、街自体がひとつのキャラクター(登場人物)なんだ。ロケーションによって、この映画はより新鮮でオリジナリティをもった作品になったよ。

―― ラストシーンには驚かされました。製作陣はなぜこの結末を選んだのでしょうか?

ジョエル :僕たちは他のエンディングというのは考えなかったよ。エリカは、この作品を通して旅をしてる。その旅の終焉を迎えるときに、僕らは彼女に死んで欲しくはなかったんだ。「じゃあ、どんな結末があるんだろう?」と考えたら、あのアイデアが出てきたんだ。このラストシーンは、結果的に大成功だったし、作品全体の中で効果的な仕上がりになっていると思うよ。
   
   
   
   
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"Street Walk"  声が素敵heart
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コメント

PTSDになったエリカが外出できなくなって護身のために
購入した拳銃での、コンビニでの偶発的な発砲は最大限理解できないこともないが、深夜の地下鉄に乗り込んでその機会を待ち受けるとなると、それはは殺人行為で、一個人に認められる余地はない。たとえ復讐、正義の名のもとにおかれてたとしても主観に基づく制裁行為でしかない。
(9.11以後のアメリカの行動にもいえる)

「恐怖を乗り越える方法は、他に求める。」
この選択が正しいと思います。


投稿: nono1 | 2007年11月19日 (月) 06時35分

見終えた時、この映画世界の内部整合性が、あたしには理解し難くて、とても混乱しました。でも、だからこそこの映画は、色々と考えさせてくれました。

法が取りこぼす、法が追いつけない犯罪者(テロリストも含め)がのうのうと蔓延り続けてもいいのか・というジレンマが、スクリーンから感じられました。でも、やはり私刑は間違っていますよね。あたしも、主観による制裁は、正義になり得ないと思います。

ジョディ・フォスターの人間味溢れる演技は、とても魅力的で、あたしの知らない感情(PTSDも含め)を、疑似体験させてくれました。

色んな意味で、面白いなぁ・・・と感じさせてくれた映画でした。

投稿: さくらスイッチ | 2007年11月19日 (月) 22時08分

ジョディって ほんとに うまいよね!^^

投稿: nono1 | 2007年11月20日 (火) 07時20分

だよね ^^♪

投稿: さくらスイッチ | 2007年11月20日 (火) 21時05分

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受信: 2007年11月17日 (土) 23時54分

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