252: アイ・アム・レジェンド
英題 : I AM LEGEND
監督 : フランシス・ローレンス
原作 : リチャード・マシスン
脚本 : マーク・プロトセヴィッチ / アキヴァ・ゴールズマン
撮影 : アンドリュー・レスニー
キャスト : ウィル・スミス アリス・ブラガ サリー・リチャードソン=ホイットフィールド ウィロー・スミス チャーリー・タハン
製作 : 2007年 アメリカ
日本公開 : 2007年12月14日
上映時間 : 1時間40分
治癒はおろか抑制すら不可能なウィルスが蔓延する近未来。ロバート・ネビル(ウィル・スミス)は優秀な科学者だったが、人間が生み出したその恐ろしいウィ ルスは彼にさえ食い止めることができなかった。世界が崩壊する中、廃墟と化したニューヨークで人類唯一の生存者となったネビル。彼を取り巻く“感染者”た ちは暗闇でしか生きられない肉食の生命体へと変異し、あらゆる生き物を食らい尽くしながらウィルスを撒き散らしている。3年の間、ネビルは食料と物資を求 めてさまよいながら、どこかに生存するかもしれない生存者に向けて無線メッセージを送り続けていた。 CINEMA TOPICS ONLINE
【 IMDb 】 ★★★★★★★★☆☆ User Rating: 7.7/10 (15,909 votes)
【 YAHOO! MOVIES 】 ( A B C D F ) The Critics : B- /15 reviews Yahoo! Users : B /15,751 ratings
【 YAHOO!JAPAN 映画 】 ★★★☆☆ 3点 /562 レビュー
【映画生活】 ★★★☆☆ 61点 /28 レビュー
◆◆◆さくら70点 劇場鑑賞
・1954年に発表されたリチャード・マシスンのSF小説『I am Legend』(邦題 『吸血鬼』 後に 『地球最後の男』 に改題 今は新訳で 『アイ・アム・レジェンド』 )が原作 。
・最初の映画化は1964年『地球最後の男』、2回目は1971年『オメガマン』で、今作の『アイ・アム・レジェンド』は3回目になり、それぞれオチは違っている。
・ゾンビ映画の元祖 と言われている1968年に制作された『ナイト・オブ・リビング・デッド』は、同SF小説にヒントを得ている。
・日本でも、藤子不二雄が短編として、小池一夫が『少年の町ZF』として、オチは違っているけど漫画を発表している。
・・・・・というのを、映 画評論家【 町山智浩のアメリカ映画特電2007.07.21付 第34回 ヘンなゾンビ映画『ゾンビーノ』とゾンビの意味 】を 聞いていたので一応は知っていた。
あ、あと、『幸せのちから』ではウィル・スミスの息子と親子競演してたけど、今回は娘と親子競演するというのも、何かの記事を読んで知っていた。
**...............**...............** **...............**...............** **...............**...............**
以下、ネタバレ有り。あたしの備忘録。内容に重複あり。
雑草が生えた大道路のセンターを走り抜ける真っ赤なフォード・マスタング(2007 Shelby
GT500)、そのマスタング以外は動きの無い俯瞰で映し出される高層ビルの谷間、市外に向かって渋滞を作ったまま乗り捨てられた車、その間を走り抜ける
野生の鹿、その鹿を狩るメスライオンとその家族、そんな風に自然に帰りつつあるニューヨークの姿、そして、メトロポリタン美術館の前で光のラインが告げる
闇の時刻、ブラックバードの尾翼の上からゴルフボールを打ち放つ様子、・・・・・そんな世界観と絵面には見惚れてしまった。
愛娘が小さな手で作る蝶、女性の首筋にあった蝶のタトゥー、ガラスのひび割れが蝶の形に、そんな“神様からのサイン”。・・・・・蝶が象徴する本来の意味は知らないけど、そんな演出も印象的だった。
...............................................
ガソリン を
好きなだけ給油
、
雪の降っていないニューヨークに雪の降る様子を告げる朝のニュース番組、名前を付けたマネキン達とビデオショップでする会話、バスタブで愛犬サムを洗いな
がら白のiPodから流すボブ・マーリーの“Three Little
Birds”~ベスト・アルバム“LEGEND”収録曲、それを自身を勇気付けるようにサムを励ますように歌うネビル、そこにあるのは孤独な日常。夜にな
り闇が訪れると、恐怖に息を潜めて眠りに落ちる、そんな毎日。
そして、ウィルス感染者を助けるための実験、無線で流す生存者を求めるメッセージ、それらを日課として繰り返す。望む結果が得られなくても、使命感と希望を胸に、3年を過ぎてなお日付を確認しながら必死に頑張るネビル。・・・・・そんな様子に胸を打たれた。
...............................................
感染してしまった愛犬サムを安楽死させ、一緒に過ごす仲間も居ない誕生日を迎えたネビルの寂しさ。その寂しさと、やり場の無い怒りに身を任せて、ダークシーカーズを殺そうとしたのは、半ば自暴自棄になっていたんだろうなぁ。
翌朝目を覚ますと足の傷は縫合されていて、キッチンに行くと女性と子供がいて、テーブルのお皿には卵料理が盛られ、ベーコンを調理する平和な音がしていた。それは失ってしまった平穏な日常風景。でも、 「とっておきの大切なベーコンだったんだ」と切れてしまうネビル(何故なのかあたしには理解できなかったけど、ずっと下の方に貼ったプロダクションノートに、ウィル・スミスの解釈が載ってた)に対して、即座に銃を構える女性とナイフを握り締める少年の反応が、平時じゃない事を物語っていた。
1人になって落ち着きを取り戻したネビルが階下へ降りていくと、少年が“良い怪物”が主人公の『シュ レッグ』を見ている。緊張感のある空気を和ませようとして、ネビルがその台詞をなぞるんだけど、
ネビルの現状がオーバーラップして、楽しいはずの台詞が、あたしにはなんだかしんみりとして聞こえた。
...............................................
あ、蛇足だけど、部屋の壁には、フィンセント・ファン・ゴッホの「糸杉」の絵が数点と、アンリ・ルソーの『眠るジプシー女』の絵が飾ってあった。ゴッホの
『星月夜』とルソーの『眠るジプシー女』はニューヨーク近代美術館に所蔵されているし、どちらも夜を描いているから、この映画に合う絵画だなぁって思う。
特に『眠るジプシー女』は夜に加えて、ライオン、楽器(音楽)も描かれていて、ピッタリ。 ^^♪
...............................................
ん
ん?って思う事はあったけど、そんなに無理なくこの近未来設定を受け入れる事が出来た。でも、ストーリー展開は正直いってイマイチ。主人公ネビルが、発生
源であるニューヨークで頑張る“科学者としての使命感”の強さを、もう少し時間を割いて描いてくれたら、ラストにも感情移入が出来たのになぁと残念に思っ
た。
映画制作会社ワーナー・ブラザーズがエンディングに満足しなかったので、急遽エンディングを撮り直したらしいから、まとまりが無くなっちゃったのか な? 「ダークシーカーズにも知能と社会性がある」という伏線が意味の無いものになってしまい、ストーリーを陳腐なものにしちゃってた。
DVDが発売されて、その最初のエンディングが、特典映像として収録されていたら見てみたい。おそらく、伏線の消化不良感は、解消されるんじゃないかなぁ。(笑)
◆2008.03.26追記◆ : セルDVDには、やっぱり特典として“衝撃の別エンディング版(104分)”が付くみたいだね。見てみたいけど、買ってまではなぁ~~。レンタルDVDの特典は“コミック版“アイ・アム・レジェンド(20分)”だけなのが残念だなぁ。 。。。
◆2008.04.25追記◆ : 別エンディングがYouTubeにアップされてるね。あらら、手榴弾で死なないのねぇ・・・。ん???、こっち(FirstShowing)のは、爆破すらしてない・・・あの女感染者をリーダーっぽい男感染者の元に戻してる・・・・こっちのが、しっくりくるなぁ。 。。。
...............................................
舞台を原作のロスからニューヨークに移して、ニューヨークを感染源として“グラウンド・ゼロ”と表現しているのなんて、あきらかに9.11を連想させる。
とすると、ネビルはアメリカ国民、ネビルの家族・愛犬サムは愛する人、ダークシーカーズはテロリスト、ウィルスは憎悪や恐怖心、といったところだろうか・・・。ガンの薬はアメリカ外交、スミスが作る血清はテロ撲滅対策かな。失敗しているのも、そう思うと苦笑いしちゃう。でも最後には、寒地に生き残っ た人たちが成功した血清を手にするんだよね。つまり、テロを撲滅できるって事かな。ここで、血清に“希望”が託されてる。
インタビューを受けた監督が、「この映画には、特に政治的な意味合いを含ませていない」と答えていたけどね。 。。。
**...............**...............** **...............**...............** **...............**...............**
自然に乗っ取られ、文字どおり“都会のジャングル”と化したマンハッタン。

2009年という「過去」 ガソリン価格は $6.69/gallon に・・・・・
(Regular Gas Price US $/G を見ると、ずいぶん高いというのが分る)
映画に登場したライオンや鹿はセントラルパーク動物園から逃げ出した、っていう設定なんだろうけど、実際にはシロクマは居るけどライオンや鹿は居ないみたい。小さな動物園のようだし、ニューヨークはかれらには寒すぎるんだろうね。ま、マダガスカル同様、映画の中の設定だから、絵になる動物にするよね、やっぱり。
**...............**...............** **...............**...............** **...............**...............**
◆Re: まあ、いいか程度なんですが、、。
全ての生き物が死に絶えた分けでは無い事、人間が居なくなった事でマンハッタンといえども自然に還りつつある事を描きたかったのではないでしょうか。
今現在、地球温暖化など人間が自然に与える影響が問題になっていて対応策が練られていますが、決定的な解決策は得られていません。でも、人間が居なくなってしまえば、問題なんて無くなってしまいますよね。私はそんな皮肉を感じました。
最後の男=オメガマン=ネビル、最初のダークシーカー=アルファ・ダークシーカー=リーダーの男・ネビルが捕らえた女、という構図が暗に隠されてい ます(*)。つまり、ダークシーカーズのアダムとイブなわけですね。ギリシャ文字で、ω(オメガ)はz、α(アルファ)はaなので、『オメガマン(リメイ ク2作目)』にかけた表現なのでしょう。
映画では「ノアの箱舟」を想い起こさせましたが、当初は「創世記」を想い起こさせるようなストーリーだった事の名残なのだと思ってます。そのため、 単に荒れ果て殺伐としたマンハッタンではなく、草が生い茂り鹿が駆けるような自然にのみ込まれた“エデンの園”風なニューヨークを撮ったのだと思います (*)。
*エンドクレジットではダークシーカーを“Alpha(アルファ)”と表記。
*プロダクションノートに「そのローレンス(監督)の“エデンの園”風の都会は、『コンスタンティン』でも組んだ美術監督のナオミ・ショーハンの協力で明確なイメージとなった」という記述がある。
◆Re: ラストが納得出来ない
手榴弾は点火後5秒くらいで爆発し、15メートル範囲内での殺傷能力がある、その程度の威力だそうです。
強化ガラスが割れる前に爆発してしまっては、威力不足でダークシーカーズが襲ってくるのを食い止める事が出来ないので、ガラスが割れるタイミングを計って 点火しないといけません。手榴弾に点火→自分も隠れる→強化ガラスが割れる→手榴弾爆発・・・・・が無理なので、自爆を選んだのではないでしょうか。
神の啓示を口にする女にあった時、科学者ネビルはとまどい、その女の言う事(神に教えられた生存者のコロニーがあるという事)をちょっと胡散臭く感じてい るようでした。でも、あの最後の瞬間、「蝶」によってネビルは女の言った事を信じたのだと思います。そのため、女と子供を助け血清を託す事の必然性を「突 如として悟り」、自己犠牲の道を選んだのではないでしょうか。 。。。
「科学は人類の進歩と発展のためにある」と、科学者であるネビルも考えていただろうから、「科学によって人類が死滅してしまう、科学によって人類が突然変異を起こしてしまう(進歩とは逆の方に行ってしまう)」という現実は、耐え難いものがあったと思います。 孤独に耐え、科学者としての使命感で実験を続けていたネビル。
想像に過ぎないけど、科学者ネビルは「なぜ自分が生き残ったのだろう」って考える事があったと思います。大惨事に見舞われた多くの人がそう思うよう に・・・。最後の瞬間、彼は「ああ、このためだったんだ」と思ったんじゃないでしょうか。「科学者の使命を果たし、人類を救うためだったんだ・・・」と、 「人類を救う男(伝説の男)になるために生き残ったんだ」というネビルの思いを「アイ・アム・レジェンド」というタイトルの意味に(2007年版映画では)込めたのかもしれません。
彼が最期に想い描けた未来は、感染を無くし人類が新たな一歩を踏み出す事が出来る明るいものだった と思います。ネビル自身は死んでしまいましたが、科学者ネビルにとっても、人類にとっても、「ハッピーエンド」だったと思っています。
原作を読んだ私としては、その「ハッピーエンド」に違和感と陳腐さを感じたのですが(笑)。でも、今の「時代の空気」を映すには、「ハッピーエンド」が合っているのかもしれません。
◆Re: 英雄待望論
舞台を原作のロスからニューヨークに変えている事、ニューヨークを感染源として“グラウンド・ゼロ”と表現している事から、私も「9.11」を連想しました。
家族を失い孤独に耐えながらも使命感に支えられて研究を続けるネビルの姿は、アメリカを象徴しているのかな、なんて感じました。ネビルがライフルを持って 家捜しする姿は、イラク戦争での米兵を連想させるし、ダークシーカーに対する恐怖は、テロリストに対する恐怖を象徴しているかのようでした。
テロの恐怖、テロリストに対する憎悪、サブプライムローンの破綻による経済の減退、アメリカは鬱々とした空気に包まれています。そして、そのアメリカの空 気は、ウィルスのように世界中に影響を与えています。そんな中、大統領の予備選挙が始まりました。2009年1月には正式に新大統領が誕生します。アメリカ国民は、新大統領 に希望を託したい!変わりたい!と思っているに違いありません。
新大統領の“闘い”は、2009年に始まります。2009年から3年間も頑張り血清を開発し“伝説になったネビル”に、新大統領はなる事が出来るでしょうか。 。。。
これでバラック・オバマ氏(アフリカ系アメリカ人 白人とのハーフ 父親はケニア人=外国人)に決まり、黒人初の大統領が誕生したら、映画そのものかもしれないですね。(笑)
そんなこんなを象徴しているのかも・・・、なんて連想して楽しんでます。 ^^♪
**...............**...............** **...............**...............** **...............**...............**
あれやこれや。 。。。
◆狩をする理由
愛犬サムに野菜を食べさせているシーンがあったけど、本来イヌは肉食動物なので、野菜だけでは十分な栄養を摂取できないはず。ネビルだけならまだしも、サムにとって肉は必須なので、ネビルは狩をしていた。新鮮な肉はネビル達にとって超貴重品だった。<IMDb FAQ 参考>
◆メトロポリタン美術館の前まで動いた「フレッド」
ネビルが女のダークシーカーを捕らえた時、男のダークシーカーはそれを見て物凄く怒った。で、彼はネビルを模倣して、マネキンのフレッドをおとりに使った罠を仕掛けた。<IMDb FAQ 参考>
突然変異したウィルスに感染するとおバカになっちゃうとネビルは思っていたけど、どうらやらダークシーカーズにも賢いヤツとそうじゃないヤツが存在するみたいだ。ネビルの隠れ家を襲撃した時も、役割分担していたしねぇ。・・・この辺の伏線が原作ではキモで、映画とは全く違う衝撃のラストシーンに繋がるんだよね。
◆ネビルが隠れ家の前に撒いていた液体
ダークシーカーズに隠れ家を見つけられないように、匂いの痕跡を消すためにビネガーを撒いた。隠れ家の周りには、いざという時のために、UVライトと車の下に爆薬も仕掛けてあった。威力不足だったけど。<IMDb FAQ 参考>
ダークシーカーズが手下(?)にしている感染犬に見つけられないようにするためだったんだね。
◆夜になる前なのに罠に掛かって逃げようとするネビルを襲った感染犬
感染犬は黄昏時に外に出る事が出来る。<IMDb FAQ 参考>
人は空気感染するし、感染すると紫外線にも弱くて夜しか外に出られない、犬は空気感染しないし、感染してもちょっとの紫外線なら大丈夫、鹿やライオンは感染しない、と免疫の有無、感染経路、症状(?)が少しずつ違うんだね。^^;
*IMDb (Internet Movie Database): IMDbはそれぞれの作品に関するさまざまな情報 - 出演俳優や監督、あらすじやレヴューといった基礎的な情報から作品内における小さな間違いやサウンドトラックのリスト、アスペクト比や別ヴァージョンといった詳細な情報を提供している。俳優、監督、脚本家および他のスタッフが自らデータの入力を行っており、手がけた作品をリスト化している。 wiki
◆「スーパーマンVSバットマン」の宣伝ビルボード
脚本のアキバ・ゴールズマンのアイデアで、街に映画「スーパーマンVSバットマン」の宣伝ビルボードがある。<eiga.com フランシス・ローレンス監督インタビュー より>
.............................................................................................................................................................
◆血清
血液から細胞成分を除いたものを血漿(けっしょう)といい、血漿から線維素原と凝固因子を(凝固によって)除いたものが血清である。
動物(馬など)に、毒素を無毒化・弱毒化した上で注射し、毒素に対する抗体を作らせる。血清療法は、この抗体を含む血清を、病気の治療や予防に用いる方法である。
◆血清とワクチン
血清は毒に対する抗体を持った物質です。血清を打つことで毒を中和します。したがって中和した後は、もう何の役にも立ちません。その場限りの特効薬が血清です。
これに対してワクチンは、毒を中和する抗体を自らの体の中で生成するのを助ける働きをします。ワクチンはウサギなどの他の動物に病原菌を打ち、抗体をそのまま人体に移すものです。移された抗体が増殖、体内に抵抗力がつきます。増殖するのに時間がかかるので血清のように即効性はありませんが、一度ワクチンを打って抗体ができれば半永久的に抵抗力があります。
**...............**...............** **...............**...............** **...............**...............**
原作小説『I am Legend』、映画『地球最後の男』、『オメガマン』が象徴している社会の恐怖とは何か?
【 町山智浩のアメリカ映画特電2007.07.21付 第34回 ヘンなゾンビ映画『ゾンビーノ』とゾンビの意味 】を参考にしたあたしの備忘録。原作、映画のネタバレあり。
◆映画『アイ・アム・レジェンド』を観た後で原作を読んだけど、色んな要素を含んでいてすっごく面白かった。それに、「アイ アム レジェンド」の意味が、映画では“希望”を、原作では“恐怖”を表す言葉になってた。正反対!(笑)
「ふと思った。俺はもはや特異な存在なのか、と。“普通”とは多数派を示す概念で、“標準”もまた多数派の意味であり、一人だけ生き残った者を示すわけではないのだ。」というくだりが最高にホラー(心理的恐怖)だった。 。。。
*あたしが読んだのは、1958年に刊行された田中小実昌尾之の訳本『吸血鬼』(1971年に『地球最後の男』に改題)ではなく、2007年11月に刊行された上浩司の訳本『アイ・アム・レジェンド』、左下画像。右下画像は原作。
◆原作『I am Legend』は1954年の発表。たった1人生き残った主人公が身を守るために、昼間に吸血鬼たちを殺して回る。ウィルスに感染して、伝説に過ぎないと思っていた吸血鬼のようになってしまった、かつては人間だった怪物たち・・・・・。でも実は、主人公が怪物化してしまったと思っていた吸血鬼たちには、知能があり社会を築き始めていた。そして、彼らに捕まった主人公は、処刑される事になる。彼らからしてみれば、自分達を殺していた主人公のほうが怪物だったのだ。それを主人公が悟り、「アイ・アム・レジェンド(この俺が伝説の存在なのだ)」という言葉を残してこの物語は幕を閉じる。
つまり、多数派と少数派が逆転してしまい、正常だと思っていたのが異常になってしまい、社会に取り残 されてしまうという恐怖を描いている。原作が発表されたのは1954年。第二次世界大戦が終わり米ソ冷戦時代真っ只中だ。主人公は資本主義、吸血鬼は社会 主義を象徴しているのは、作中の表現からして明らかに分る。主人公の恐怖は、イデオロギーが根源から覆ってしまうかもしれないという社会的恐怖を反映させている。
◆映画化1作目『地球最後の男』は1964年。50年代後半から60年代のアメリカやフランスは、セックスやジャズなどを表出させ実存主義を唱えながら自由を求めて闘う、ビートニクスと呼ばれる若者たちのムーブメントが起こっていた時代だ。(1957年制作のオードリー・ヘプバーン主演の『パリの恋人』でも、オードリーが演じたジョーがのめりこんでいた仮想の思想“共感主義”は、サルトルの名前が出てきたりして、明らかに実存主義をちょっと皮肉っぽく扱ってる。)ビートニクスは後にヒッピー・ムーブメントにつながっていく。えっと、で、『地球最後の男』での主人公はスーツを着た昔風な紳士であるエスタブリッシュメントを、吸血鬼は黒のタートルネックを着た若者でビートニクスを象徴している。(ビートニクスは黒のタートルを着ていた。オードリーも『パリの恋人』では黒のタートルを着ていた。)映画『地球最後の男』で主人公の恐怖は、自分達が時代遅れになってしまう、世代交代という社会的恐怖を反映させている。
◆映画化2作目『オメガマン』は1971年。文化としては、モータウン・サウンドのような黒人音楽が人気になっていた。都市部のゲットーにおける自衛闘争の開始を主張したブラックパンサー党、黒人による独立国の樹立を目指した新アフリカ共和国といった過激派の政党が現れ、50年代60年代と続いた公民権運動の闘争を継続していた。(wiki)そんな風に、白人社会をひっくり返してやろうと暴動が起こったりして、文化でも何でもブラックパワー・ムーブメントが起こっていた。映画『オメガマン』で、主人公は白人、吸血鬼は黒人が演じていて、主人公の恐怖は黒人パワーに恐怖する白人の恐怖を反映させている。
◆映画化3作目『アイ・アム・レジェンド』は、どんな社会的恐怖を反映させていたのだろうか。以下を聞くと、とっても参考になって面白い。
【 『町山智浩のアメリカ映画特電』第45回 『アイ・アム・レジェンド』と藤子不二雄と「時代は変わる」(2007.12.24付) 】が面白かった。
吸 血鬼たちが、知能を持ち、社会を築こうとしているように見えるのですが、その伏線はどこかに消えてしまい、まったく回収されずに終わります。実はこの映画 の結末はいったん作ったものの映画会社が不満で、公開直前に新たに撮り直されているのです。では、吸血鬼が社会を形成していくという伏線は本来、どういう 結末に向かっていたのか?
『ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記』 2007-12-25 町山智浩のポッドキャスト映画特電が復活しました より抜粋
**...............**...............** **...............**...............** **...............**...............**
プロダクションノート
ネビルを支えていたのが科学者としての使命感なら、アナを支えていたのが信仰心だった事が顕著に伺われる。街に生い茂る草木って、CGじゃなかったのも分る。等々、俳優が考える登場人物の心理や、ニューヨークでの撮影秘話なんかが書かれていて、もの凄く面白かった。
| 固定リンク








コメント