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2008年2月15日 (金)

292: 羅生門

この羅生門に住んでた鬼は
人間の恐ろしさに逃げ出したという話だ・・・

Rashmon_04

監督 : 黒澤明
脚本 : 橋本忍 , 黒澤明
原作 : 芥川龍之介
音楽 : 早坂文雄

出演 : 三船敏郎 , 京マチ子 , 志村喬 , 森雅之

制作 : 1950年 日本
収録時間 : 88分

受賞履歴
1951年 第12回 ヴェネチア国際映画祭金獅子賞
1951年 アカデミー名誉賞(現在の外国語映画賞)

1950年 第1回ブルーリボン脚本賞

多くの映画祭で絶賛され、世界に“クロサワ”の名を知らしめた記念碑的作品。山中の木漏れ日や豪雨の中に佇む羅生門など、どのシーンを見ても黒澤の非凡さが伺える。宮川一夫のカメラワーク、妖しげな雰囲気の漂う京マチ子の名演技など、すべてが秀逸。

盗人の多襄丸による、武士の殺害とその妻への強姦事件。この事件について、多襄丸と武士の妻と武士(死んでいるので霊媒師を介している)と目撃者による4人の証言は全部食い違っていた。

IMDb ★★★★★★  User Rating: 8.5/10 (24,466votes)
【YAHOO! MOVIES
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YAHOO!JAPAN 映画★★ 4.21点/29レビュー
映画生活 ★★ 84点/25人

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あらら、これって『羅生門』ってタイトルだけど、内容は『藪の中』なんだね。でもって、芥川龍之介の原作に、4人目の現場目撃者が加えられていた。そして、羅生門で交わされる映画オリジナルの会話が、この映画の解釈に深みを与えていて面白かった。

映画制作の1950年といえば、1945年にポツダム宣言が受諾され、1946~48年にかけて東京裁判が行われ、1956年に経済白書で「もはや 戦後ではない」と表現されるまでの“戦後”と呼ばれる時代、つまりは、敗戦により価値観が引っくり返り、食料や物資が圧倒的に不足していた時代だ。映画の舞台である平安時代の羅生門での会話には、映画制作時である戦後当時の空気を重ねてるのかなぁ・・・って感じた。

同時に、凶悪犯罪が多発する今現在の世の中で、裁判での主張やメディアでの報道によって事件の印象が様々に変化する事を思うと、現代の空気も似たようなものだなぁ・・・なんて思ったりもした。

映画でも真相はやっぱり‘藪の中’だった。いつの世も“真実”を知るのは難しい。

声がくぐもって聞き取り難いシーンがあるので、日本語字幕を表示して見たほうがいい。

以下、ネタバレ。
Rashmon_08

「人間は都合の悪い事を忘れてしまう
 都合の良い事を本当だと思っちゃうんだよ
 そのほうが楽だからな」

4人、山賊(多襄丸)、妻(真砂)、夫(侍・金沢武弘)、第一発見者(木こり/自分で働く者/羅生門で雨宿りする男)の証言を想い起こし各々の証言とそれぞれの立場で、上記の下人(貴族、寺社、大名田堵らの家内で使役された私的隷属民)の台詞で言う‘都合の悪い事’‘都合の良い事’を鑑みようと思ったけど、考えがまとまらなかった。

う~ん、どう思われようとしてたのかな? 山賊は勇猛果敢に、妻は優しく貞淑に、夫は恥を知る侍に、木こりは善良に、かな? 世間に対する言い訳? 自分に対する言い訳? 道義本意な価値観が垣間見える気がする。 。。。 故意に嘘を付いたり隠したりしてる分けじゃなさそう、皆が自分が殺ったと言っているのだから・・・。あ、木こりは違うね、故意に隠してるね。

窮地に陥った彼らがとった行動(不義)と世間に生きる彼らが持つ価値観(道義)、その間に起こるジレンマを埋め合わせた結果が、誰が殺したのかが一致しない各々の証言なのかもしれない。“主観”の不思議と恐ろしさを感じちゃう。

ミステリー小説だと、ひとつの真相が存在し、そこに辿り着いてジ・エンドなんだけど、この作品の場合、ひとつの真相が存在する、というそもそもの定義が崩壊しちゃってるのよね。でもって、自分の生きている現代社会を見渡すと、“藪の中”のほうがリアルに感じられる。 。。。(笑) 

「人の気持ちを考えてたらきりがねぇ」

「そんな手前勝手な!」

「手前勝手が何故悪い!
 人間が犬を羨ましがってる世の中だ
 手前勝手でない人間が 生きていかれる世の中じゃねぇ」

なんて世知辛い世の中でしょう。もう絶望的! ‘いい人’に見えた木こりも、実は短刀を盗んでたなんて。

と思わせておいて、ああ、6人も子供がいれば子供を育てるだけでも大変だよね、貧しいよね、つい出来心も起きるよね、なんて気にさせられてしまった。良い人と悪い人がいるんじゃなくて、1人の人間の中にどちらの要素(道義心&不義心)もあるんだよね・・・、環境によっては、どちらにでも転んでしまうのかもしれない。‘7人目の子供’を引き取ると言った木こりは、やっぱり‘いい人’に見えた。人間に希望の持てる終わり方だった。

羅生門に雨宿りする旅法師の台詞は、黒澤監督の思いを代弁してるのかもと思った。「信じたいのだ、まだ、人を信じたいのだ」。

小説『羅生門』では、老婆を通して刻一刻と変化する下人の心情(道義vs不義)が書かれているけど、小説>職を無くして途方に暮れる下人の心情を、映画>‘旅法師’‘木こり’‘下人’の三人が担い、小説>生きていくために死人の毛髪を盗る老婆の役割を、映画>『藪の中』の登場人物が担い、小説>ラストシーンで老婆の着物を下人が剥ぐというのを、映画>アレンジして赤子の産着を剥ぐようになっていた。

つまり、見始めた時は『藪の中』だと思ったけど、見終えて全体を捉えると『羅生門』だった。『藪の中』のテーマを内包させて『羅生門』を描き、そこに映画独自の希望が加えられているのが面白かった。

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<備忘録>

◆再構築される記憶、再生される記憶

過去の記憶が脳に貯えられているという考え方には多少ニュアンスのちがいがあるし、それほど機械的に解釈されているわけでもないが、精神分析の分野 にはつきもので、優れた自伝を書いた作家たちもそう考えてきた。フロイトが好んだ心のイメージは、何層にもわたって過去が埋もれている(だが、いつ古い地 層が意識の上にまで上昇してくるかわからない)考古学調査の現場だった。プルーストの人生のイメージは「瞬間の集積」だった。「その後に起こったすべての ことと無関係」で、心のなかの食料庫にしまわれたジャムの壜のような「密封された」思い出である(記憶について考えた偉人はプルーストだけではない。記憶 の不思議さを考えながら、結局、記憶とは「何なのか」わからずじまいになった思想家は、少なくともアウグスティヌスにまでさかのぼる)。

記憶は記録あるいは貯蔵庫であるという考え方はよく知られていて、わかりやすいので、つい鵜呑みにしてしまい、こうした考え方がどんな問題をはらん でいるかに気づかない。ところがいっぽうでは、「ふつうの」記憶、毎日の記憶が固定されたものにはほど遠いという、まったく反対の経験を誰もがしている。 記憶は思い出すたびに、欠けたり、変化したり、修正されたりしている。証人がふたりいれば必ず言うことがちがうし、どんな物語も記憶も同じままではいな い。物語はくりかえされるたびに変化していく。1920年代から30年代、語り継がれる物語や映画の記憶などを考察したフレデリック・パートレットは、 「記憶」というまとまったものはなく、「思い出す」という動的なプロセスがあるだけだと確信した。彼は『想起の心理学』という優れた著作のなかでも、決し て記憶という名詞を使わず、思い出すという動詞を使うほど気を使っている。彼はつぎのように書いている。

思い出すということは、生命のない固定された無数の断片的な痕跡を再活性化することではない。それは想像的な再構築、あるいは構築であって、過去の 反応や経験の活動的な総体に対する自分の姿勢をもとに、ふつうはイメージや言葉というかたちで現われる際立った細部をつくりあげていくことだ。したがっ て、どれほど機械的な反復であっても、ほんとうに正確であるはずはないし、たいして重要でもない。

現在、バートレットの結論に対する強力な支持者が現われている。ジェラルド・エーデルマンの神経学研究の成果や、脳とはつねに変化のプロセスにある 偏在的な活動システムであって、すべてはつねに改訂され修正されているという見方は、パートレットの結論と一致する。エーデルマンが考える心には、カメラ も機械的な働きもない。すべての記憶は関連づけ、一般化し、再分類するプロセスである。こうした見方をすれば、固定された記憶も、現在の色づけのない「純 粋な」過去も存在し得ない。パートレットと同じくエーデルマンも、つねに動的なプロセスが働いているのであって、記憶とは再生ではなく再構築であると考え ている。

しかし、記憶にはこうした見方が通用しない異例なかたち、あるいは病理的なかたちがあるのではないか。たとえば、ルリアの「記憶術者」にみられる一 見したところでは再生可能な不変の記憶、固定し硬直した過去の「人工的記憶」に似たものがあるのではないだろうか。口承文化にみられるきわめて正確で記録 的な記憶、何世代も何世代も忠実に伝えられる部族の全歴史、神話、叙事詩はどうか。本や音楽、絵、言葉をまるごと暗記し、何年もたってから文字どおりわず かなちがいもなく再生する、限られた面で特殊な才能を示す知的発達障碍者たち「イディオ・サヴァン」の能力はどうなのだろう。心的外傷(トラウマ)を負っ て何年も何十年もたってから、どんな細部もそのままに、何度もくりかえしてよみがえる辛い記憶、フロイドが「反復脅迫」と言った記憶はどうなのか。時の経 過にもびくともしない神経症的な、あるいはヒステリー的な記憶はどうか。これらの記憶では、再構築ではなく非常に大きな再生の力が働いているように思われ る。ここでは固着、あるいは化石化、石化といった要素が働き、再分類や見直しという通常のプロセスと切り離されているのではないか。

二種類の概念を考える必要があるのかもしれない。動的で、つねに見直され、新しいかたちで提示される記憶もあるが、同時にもとのかたちで存在し、その後の経験のなかで何度も何度もなぞられ、書き直されてもなおそのままのかたちで存在する記憶もある。 *オリバー・サックス『火星の人類学者 脳神経科医と7人の奇妙な患者』より

◆「羅生門」の擁護のために(原文は芥川龍之介自身が残した英文のメモ)

Akutagawa_2 「羅生門」は私の人生観を具体的に表現しようとした短編である―私がある人生観をもっているならば。この小説は単なる「遊び心」から生まれたものではない。ここで私が扱おうとしたのは「モラル」なるものである。私の考えでは「モラル」なるものは(少なくとも無教養の俗物の「モラル」なるものは)、その時々の気分や心の動揺の産物であって、この気分や心の動揺もまたその時々の状況の産物なのである。(芥川龍之介全集、第二十三巻、岩波書店、一九九八年、二五六頁)

羅城門(らじょうもん)は、古代、平城京や平安京といった条坊都市の中央を南北に貫いた朱雀大路の南端に構えられた大門である。「羅城」とは都城の城壁のこと。平安京(現在の京都市中心部)の羅城門が有名である。

平安京の羅城門

朱雀大路と九条通の交差点に面しており、現在のいわゆる千本九条の辺り(京都市南区、九条新千本交差点から東へ約100m、京阪国道口交差点から西へ約250m)に位置していた。『拾芥抄』に「二重閣九間」とあり、9間5戸の重層門であったとされる。この門を境にして、洛中と洛外、すなわち都の「内」と「外」が区別された。羅城門を守護する東西の位置に東寺、西寺が置かれ、そのうち東寺は現代まで残っている。

平安京造営から時代が下ると、816年8月16日夜、大風で倒壊。再建されたが、980年7月9日暴風雨で再度倒壊してからは再建されず、右京の衰えと共にこの門も荒廃していき、国内の荒廃につれて平安京南部の治安は悪化の一途をたどり、洛南の羅城門周辺は夜ともなれば誰も近付かぬ荒れた一画となっていたという。羅城門に巣くう鬼(茨木童子)と戦った渡辺綱の武勇伝を謡曲化した観世信光作「羅生門」や、『今昔物語集』に収録された羅城門の怪奇譚を小説化した芥川龍之介の『羅生門』が知られる。

古くは「らせいもん」と漢音読みしたが、次第に読み・表記ともども揺れるようになり、謡曲「羅生門」発表以降は羅生門(らせいもん、らしょうもん)の表記が定着した。近年、羅城門に表記が統一され、読みも呉音の「らじょうもん」にとって変わられた。

現在では跡地に小さな石碑が残るのみである。

検非違使(けびいし/けんびいし)は令外官の一つ。「非違を検する」の義。検非違使庁の官吏。佐と尉の唐名は廷尉。京都の治安維持と民政を所管した。

 
  
 
 
 

羅生門・・・ 朽ち掛けてはいるけど まだ残っている

それに 太い柱は まだ立派に支えている


映画の内容を象徴するかの様なその佇まい
 
 

人間不信になるのはまだ早い

人間に絶望するのはまだ早い

まだ希望がある!

Rashmon_07_2

 

 

  

***・・・・・ 黒澤明監督作品 ・・・・・***

1943年制作  姿三四郎
1948年制作  酔いどれ天使
1950年制作  羅生門
1954年制作  七人の侍
1965年制作  赤ひげ
1985年制作  乱
1991年制作  八月の狂詩曲
1993年制作  まあだだよ

  

 

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