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2008年3月15日 (土)

313: 愛怨峡

1937年の作品 映像や音声の状態は良くないけど
明るい空気と強さがあって 面白かった

Aiennkyou

監督 : 溝口健二
脚本 : 依田義賢
原作 : 川口松太郎

出演 : 山路ふみ子 , 河津清三郎 , 清水将夫 , 三桝豊

制作 : 1937年 日本
収録時間 : 89分

トルストイの「復活」をモチーフに、溝口健二監督が山路ふみ子主演で映画化した。長い間行方不明だったフィルムが見つかりDVD化された幻の作品。里子に出した子供を養うために女給をしたり、漫才コンビを組むなどして奮闘する姿を情緒あふれる映像で綴る。

IMDb★★★★★★★★★☆☆ User Rating: 8.2/10 (19votes)
【YAHOO! MOVIES】 ( ABCDF ) The Critics : none Yahoo! Users :  none
YAHOO!JAPAN 映画】 未採点
映画生活】  ―

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愛怨峡なんてタイトルだから、ドロドロした内容を想像してた。ま、実際そうなんだけど。でも、なんていうか、陰湿じゃないのよね、どこか明るい空気がある。漫才シーンが自己パロディになっていて、それが出来る女の強さをカッコイイと思った。

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「愛怨峡」における映画的表現の問題 〔一九三七年六月〕

宮本百合子
(1899年2月13日 - 1951年1月21日 昭和期の小説家・評論家) 

「愛怨峡」では、物語の筋のありふれた運びかたについては云わず、そのありきたりの筋を、溝口健二がどんな風に肉づけし、描いて行ったかを観るべきなのだろう。

 私は面白くこの映画を見た。溝口という監督の熱心さ、心くばり、感覚の方向というものがこの作品には充実して盛られている。信州地方の風景的生活的特色、東京の裏町の生活気分を、対比してそれぞれを特徴において描こうとしているところ、又、主人公おふみの生きる姿の推移をその雰囲気で掴み、そこから描き出して行こうとしているところ、なかなか努力である。カメラのつかいかたを、実着にリアリスティックに一定していて、雰囲気の描写でもカメラの飛躍で捕えようとせず、描くべきものをつくってカメラをそれに向わせている態度である。こういう点も、私の素人目に安心が出来るし、将来大きい作品をつくって行く可能性をもった資質の監督であることを感じさせた。

 この作品が、日本の今日の映画製作の水準において高いものであることは誰しも異議ないところであろうと思う。一般に好評であるのは当然である。けれども、この次の作品に期待される発展のために希望するところが全くない訳ではない。

 溝口健二は、「愛怨峡」において非常に生活的な雰囲気に重点をおいている。従って、部分部分の雰囲気は画面に濃く、且つ豊富なのであるが、この作の総体を一貫して迫って来る或る後味とでも云うべきものが、案外弱いのは何故だろう。私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じた。信州の宿屋の一こま、産婆のいかがわしい生活の一こま、各部は相当のところまで深くつかまれているけれども、場面から場面への移りを、内部からずーと押し動かしてゆく流れの力と幅とが足りないため、移ったときの或るぎこちなさが印象されるのである。

 これには、複雑な原因があると思うが、その一つは・・・・・続きを読む

 
 
 
 
 

***・・・・・ 溝口健二監督作品 ・・・・・***

 
   

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