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2008年6月 1日 (日)

337: ノー・マンズ・ランド

映画はプロパカンダではない

見る側の人に考えて欲しい

観客自身に答えを出して欲しいんだ

この戦争(ボスニア紛争 1992-95年)で生き残った

ダニス・タノヴィッチ監督の思いがこもった映画

Branko_djuric2

原題 : No Man's Land

監督・脚本・音楽 : ダニス・タノヴィッチ

出演 : ブランコ・ジュリッチ , レネ・ビトラヤツ , カトリン・カートリッジ , サイモン・カロウ

制作 : 2001年 フランス、イタリア、イギリス、ベルギー、スロヴェニア
収録時間 : 98分

2002年のアカデミー賞外国語映画賞に輝いたほか、世界各地の映画祭で絶賛された話題作。ボスニア紛争の最中、両軍の中間地帯に取り残された敵対 する3 人の兵士を巡る珍騒動を描く。ボスニア紛争参加経験を持ち、本作が長編デビューとなるダニス・タノヴィッチ監督が極限状況下での人間の心理を浮き彫りに し、戦争の愚かさを痛烈に告発している。戦争という深刻なテーマを扱いつつも、無力な国連防護軍やマスコミのスクープ合戦など、辛らつな人物描写が笑いを 誘う。 シネマトゥデイ

受賞履歴
* 2002年 アカデミー外国語映画賞
* 2002年 ゴールデングローブ賞 外国語映画賞
* 2001年 カンヌ国際映画祭 脚本賞
* 2002年 セザール賞 最優秀新人監督賞
* 2001年 ロサンゼルス映画批評家協会賞 外国語映画賞
* 2001年 ラスベガス映画批評家協会賞 外国語映画賞
* 2001年 サン・セバスティアン国際映画祭 観客賞
* 2002年 ロッテルダム国際映画祭 観客賞
* 2001年 サンパウロ国際映画祭 観客賞
* 2001年 アメリカン・フィルム・インステュート映画祭 審査員特別賞・観客賞
* 2001年 サラエボ国際映画祭 最優秀新人監督賞・観客賞
* 2001年 ヨーロピアン・フィルム・アウォーズ 脚本賞
* 2001年 ゴールデン・サテライト・アウォーズ 外国語映画賞
* 2001年 クロアチア・モトヴァン映画祭 国際批評家連盟賞
* 2001年 マケドニア・ピトラ映画祭 ブロンズ・カメラ賞
* 2001年 ハイ・フォールズ映画祭 観客賞
* 2001年 ベイルート映画祭 観客賞
* 2001年 フォート・ロードデイル国際映画祭 観客賞
* 2001年 コットバス映画祭 観客賞
* 2001年 ブラジル・フィルム・アカデミー 外国語映画賞
* 2001年 レインダンス映画祭 審査員賞

IMDb★★★★★★★★☆☆ 8.0/10 14,765votes
YAHOO! MOVIES】 ( ABCDF ) The Critics : A-/12reviews Yahoo! Users : B+/389ratings
YAHOO!JAPAN 映画
★★★★☆ 4.5点/36人
映画生活
★★★★☆ 79点/63人

◆◆◆さくら(映像特典の監督インタビューがあって)90点! レンタルDVD

本作が凄く面白かったので、「この監督の作品を他も見てみたい!!!」、と思って調べたら、本作が長編デビュー作で、他は短編1本と長編1本しかないのね、2008年5月今現在は。もちろん、その2本は借りてみようと思う。

本編も良かったけど、映像特典の監督インタビューもちょっと皮肉が効いていて面白かった。

Branko_djuric4_2  

・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・
レンタルDVDに特典映像として監督インタビューが収録されていたので、下記はその覚書。^^♪

◆ローリング・ストーンズのTシャツに意味はあるんですか?

Branko_djuric1ロー リング・ストーンズのTシャツには理由がある。あの戦争が始まるまでボスニアには軍なんてなかったから当然軍服などない。だから最初は皆Tシャツを着て 戦った。自分が持っているTシャツを何でもいいから着て行ったんだ。あのTシャツを着せたのは、ある種の都会人としての心意気でもある。舌を出しているあ たりに、気持ちが表れていると思う。それは反骨精神でもあり、ボスニア人の心意気でもある。なぜなら、ボスニア人が戦ったのは、欧州でも屈指の軍隊である セルビア軍だからね。色んな意味合いがあるんだ。

他にも主演のジュリッチが同じ質問に、「人は宗教よりも先に音楽の好みで分けられる。それには2つのグループがあり、ローリング・ストーンズ派とビートルズ派だ。」と答えている。

◆中立的に描いたことで、ボスニアから批判の声は出なかったんですか?

Branko_djuric3これは反戦映画だ。50年後に見てもそれは変わらない。戦争で生き残ったからこそ訴えたかった。たとえ国が戦争に勝っても敗者でしかない。戦争ではやりた くないこともやらざるを得ない時がある。僕はボスニア人だが、それを主張する必要はない。人にはそれぞれ考えや言い分があり、他と対立しても自分が正しい と信じている。だから、どちらかに偏った描き方はしたくないんだ。反セルビア的には描きたくなかったんだ。そうすれば、僕らを殺しに来たセルビア軍と何ら 変わりがなくなってしまうからだ。ほとんどのボスニアの人々は、そんな僕の気持ちを分かってくれた。セルビア人を責めても仕方のないことだと、ボスニアの 人々は分かってくれているんだ。これはどこの国でも同じことだ。この映画は世界各国の映画祭で受賞している。これは人々が共感してくれた証だ。これこそ僕 には最高の賞だ。僕の作品を理解してくれている。僕は映画を作る時、政治的なコメントを伝える気は一切ない。見た人に戦争について考えて欲しいんだ。

◆1994年に戦場を離れた時、僕は怒れる若者だった。だから映画を作るまでには、時間を置く必要があった。

◆戦争におけるメディアのあり方は?

Noman ボスニアの戦争に限っていえば、ジャーナリストに救われた。度々報道してくれたおかげて、NATOや国連の介入を受けられた。ただそれが、本当に助けるためだったか、面目を保つためだったかは疑問だが、結果的に戦争は終わった。メディアは非常に重要だ。

逆に悪い点をいうと、ジャーナリズムがビジネスになってしまっていることだ。本当の報道とは何かを、目を覚まして考えて欲しいと思う。

我々の社会にも問題がある。人間が犬に噛まれてもニュースならないが、犬が人間に噛まれればニュースになる。これはゆがんだ社会の表れだ。我々の社会がどのように機能して、人々が何を求めているかがよく分かる。

ただ、はっきり言えることは、どんな報道であっても、客観的な報道などあり得ないということだ。人を通して伝える限り、報道とは主観的であると思う。だから倫理観を持って報道してもらいたい。スクープやビッグニュースを求めるだろうが、それでは真実を見失ってしまう。

◆逆に僕から質問ですが、ここが戦場で目の前で僕が撃たれたらどうしますか?皆さんには大きな車も装備もある。取材を続けますか?病院に連れて行きますか?

Georges_siatidis5 ・・・・・おそらく、僕を車に乗せて取材を続けるでしょう。それがどういう事かを、真剣に考えて欲しいのです。

もし僕が取材する側だったら、取材を止めて、すぐに病院に連れていくでしょう。取材よりも人命の方が大切だからです。あくまでも僕の場合ですが。

◆東京国際映画祭上映での舞台挨拶

映画について語るようにいわれましたが、それは映画が語ってくれると思います。監督としての思いは作品に込めました。

Noman3



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