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2008年10月 5日 (日)

366: 宮廷画家ゴヤは見た

宮廷から貧しい人々まで すべてを見ていたゴヤの目

彼はジャーナリストのように 優れた観察者だった

彼は 『“自分が見たもの”を描いた』

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英題: Goya's Ghosts  スペイン: Los Fantasmas de Goya

監督・脚本: ミロス・フォアマン
製作: ソウル・ゼインツ
脚本: ジャン=クロード・カリエール
撮影: ハビエル・アギーレサロベ
音楽: ヴァルハン・バウアー

キャスト: ハビエル・バルデム ナタリー・ポートマン ステラン・スカルスガルド ランディ・クエイド

製作: 2006年 アメリカ/スペイン
上映時間: 1時間54分

18世紀末スペイン、ゴヤ(ステラン・スカルスガルド)は国王カルロス4世(ランディ・クエイド)の宮廷画家に任命される一方、権力や社会を批判する絵画も描いていた。ある日、彼のミューズであるイネス(ナタリー・ポートマン)が、ロレンソ神父(ハビエル・バルデム)が指揮する異端審問所にとらわれてしまう。そして・・・ シネマトゥデイ

Rotten Tomatoes】 28% 
IMDb
★★★★★★★☆☆☆ UserRating:7.0/10 (6,111 votes)
YAHOO! MOVIES】( ABCDF ) The Critics:C-/9reviews  Yahoo! Users:B/624ratings

YAHOO!JAPAN 映画
★★★☆ 3.9点/10人
映画生活
★★★☆ 70点/3人
エイガ・ドット・コム】 User's Rate:A+

◆◆◆ さくら85点 sad pout shock weep thinkflair 劇場鑑賞

スッゴク面白かった。ゴヤが切り取り描く、混沌とした18世紀末から19世紀初頭のスペインに、現代の世情に通じるものを感じた。そう感じさせる作りになっていた。というか、そう感じたからこそ、ミロス・フォアマン監督はこの映画を製作したのだろう。感情移入型の映画ではなく、見る側に「醒めた目」を要求する映画だった。

スペイン帝国はかつて“太陽の沈まない国”と呼ばれた時代もあったのに、当事は西ヨーロッパで最も遅れた国になっていた。18世紀の偉大な哲学者や啓蒙運動の影響はほとんだ受けていなかった。王政が支配し、カトリック教徒の保守的な人々の国だった。(公式HPより一部抜粋)

画家に絵を発注するのは王族や貴族や聖職者だったため、描かれるのは肖像画や宗教画になる。画家はいわゆる芸術家というより、発注された画題を絵にする単なる絵師に過ぎなかった。そうして描かれた絵は、「読むもの」であり、「強者の歴史」や「聖書の内容」を伝えるためのものだった。そしてゴヤは、それらと同時に、それら以外も描いた。彼は「自分が見たもの」を描いたのだ。それは風刺画であり、混沌とした時代の姿だった。彼は西ヨーロッパで最も遅れた国に居て、西ヨーロッパで最も進んだ目を持っていたのだ。

当事はイギリスで起った産業革命が波及する直前の時代、つまり、活版印刷の機械化や写真の登場により絵画の存在意義が変わり、工業化により以前とは別の富裕層が登場し好まれる絵の画題が変わる直前の時代であり、科学や哲学と宗教が対立していた時代であり、神権と王権と人権が入り混じっていた時代である。時代に呑まれていく人々の姿、何が「正しい」のか・・・

“観察者ゴヤ”や“愛の象徴イネス”以上に、“権力と思想の象徴ロレンソ(神父)”が強烈な存在感を示していた。ま、主役だから、当然なのかもしれないけどね。この映画には数々の「権力」と「思想」が登場するが、その不条理、凶暴さ、偽善、欺瞞が、ロレンソの姿を通して痛いくらい伝わってきた。価値観が変われば、見えてくる「真実」はガラリと変わる。

artネタバレあり 考え中の9項目

ゴヤがイネスに対して抱いていた気持ちの正体。インスピレーションが湧き上がるモデルとして大切にする感情? 恋愛感情もあった? 贖罪?? それとも他の何か???

ゴヤが王妃を醜く描いた理由。「どう歴史に残りたいですが?」と聞いたゴヤに対して、「そのまま あるがままに」と答えた王妃の言葉に単に従っただけ、つまり、ゴヤが主体性を持って“醜く描いた”わけでは無く、ゴヤからしてみれば“見えている様に描いた”だけなのか?

③ 映画の中で、ゴヤが絵を描くモチベーションはどう変化していったのか、それとも変化しなかったのか。名誉欲? お金・生活のため? 理不尽な社会に対する反骨精神? 戦争プロパガンダ? 職人魂? 内面の吐露?

ロレンソ神父がイネスとの娘をアメリカに送還したかった理由。妻を愛しているから、妻に知られたくなかった? カトリック神父では無くなったとしてもカトリック教徒として不味かった? フランスの役人として都合が悪かった?

 イギリスの進軍により逃亡する途中で、武装蜂起したスペイン民衆に馬を撃たれたロレンソが、家族の乗った馬車をしきりに気にする時の気持ち。

異端審問所長がロレンソに「過ちを認めれば許す」と言った真意。教義に基いた表面的な言葉? 「父」、「息子」という言葉が、キリスト教的な呼びかけだけでなく、本当に親子だった?(カトリックは神父の結婚を禁止しているから、秘密にしていた?) 他の何か?

ロレンソがそれを受けなかった理由。気持ち。

⑧ 死刑になる直前、イネスに赤ん坊を見せられて、かすかに笑みを浮かべたロレンソの気持ち。

⑨ 原題「Goya's Ghosts」の意味。 shadow shadow shadow   ゴヤ・ゴーストは、ゴヤが描いた実際には見えない様々なもの、といったところなのかな? ゴヤの絵に描かれた見えない様々なもの・・・、銅版画に描かれた異端審問、逃げまどう人々の向こうにそびえたつ巨人、断末魔にみる戦争、これらの風刺的な要素が、この映画流に言えばゴヤ・ゴーストということなのかも。そしてロレンソの姿を通して伝わってきた権力や思想の不条理、凶暴さ、偽善、欺瞞が、この映画のゴヤ・ゴーストなのかもしれないなぁ・・・ snail

artゴヤの代表的な版画集

Ⅰ 連作版画集「きまぐれ(Los Caprichos)
               エッチング,アクアティント 21.5×15 全80点
Ⅱ 連作版画集「戦争の惨禍(Los Desastres de la Guerra)
               エッチング,アクアティント 17.5×22 全82点
Ⅲ 連作版画集「闘牛技(La Tauromaquia)
               エッチング,アクアティント 25×35 全40点
Ⅳ 連作版画集「妄(Los Disparates)
               エッチング,アクアティント 24×34 全22点

連作「きまぐれ」 p. 58r ↓《犬め、これを飲め(Tragata perro)》
Tragala

artゴヤの生きた時代

1746    フランシスコ・デ・ゴヤ、スペイン北東部に誕生
1774    マドリードに移住
1775 アメリカ独立戦争   1776 アメリカ独立宣言
1786    40歳で国王カルロス3世付き画家となる
1789    新王カルロス4世の宮廷画家となる
1789-94 フランス革命   フランス人権宣言
1792    映画舞台 始まり ゴヤ46歳~
1793 フランス国王ルイ16世、王妃マリー・アントワネットが処刑される
1794    不治の病で聴力を失う
1799    首席宮廷画家に任命される
1804 ナポレオン即位
1807 ナポレオン軍、スペインに侵攻 *異端審問所廃止
1808-14 半島戦争(スペイン独立戦争) *’14 異端審問所再設置
1814    映画舞台 終わり ~ゴヤ68歳
1824    表向きは療養(その実、半ば亡命)の形でフランスへ
1828    82歳で死去

スペイン帝国 ゴヤ ナタリー・ポートマンに似たゴヤの絵(注:私見) ゴヤの代表的な絵 連作「戦争の惨禍」p. 44r  《私は見た(Yo lo vi.)》 アクアチント(銅版画の技法) ヴォルテール ルソー スペインの異端審問 ナポレオンのスペイン戦役 半島戦争 フランスの軍服 イギリスの軍服 ミロス・フォアマン監督 プラハの春

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連作「戦争の惨禍」 p. 32r 《なぜだろう?(Por qué?)》Guerra_32_2

ゴヤ(or アセンシオ・フリア、ゴヤの弟子の作品かもしれない。 2009/1/22追記)の有名な絵 《巨人》と 映画のワンシーン
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“人間は過去から学ばず なぜ同じ過ちを繰り返すのか?”と思ったのがきっかけだった
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art追記: 映画でゴヤの時代を見て、エンドロールでゴヤの絵に感動して、このブログを書いて、彼の絵をネットでいろいろ見てたら迫力をより感じるようになった。今度、彼の美術書を図書館で借りて、じっくり見てみたい。

世にしたがえば 身くるし 

したがはねば狂せるに似たり

いづれの所を占めて

いかなるわざをしてか

しばしもこの身を宿し

たまゆらも心を休むべき

~鴨長明『方丈記』の一節~

art追記: 堀田善衛『ゴヤ(全4巻)』を読んだ。この映画の後半にあったナポレオン軍侵攻、半島戦争(←イギリス軍の支援を受けフランスからの独立を図った)を描いたゴヤの版画集『戦争の惨禍』、油絵『1808年5月2日、エジプト人親衛隊との戦闘』(←ナポレオン軍はエジプト人も傭兵として使っていた)、『1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺』(←蜂起したスペイン群衆をフランス兵が処刑する)についての記述も、とても興味深かった。以下、その一部抜粋。 。。長いです・・・coldsweats01

◆「時代の証言者としての芸術家」が全的に成立

戦争という、最大規模での人間狂気の快出にあたって、従って版画集『戦争の惨禍』を構成するについて、ゴヤは並の作家以上の、細心の配慮と根廻しをしてかかっている。これが公表されるという見通しがほとんどなかったにも拘らず、である。

先の版画集『気まぐれ』にあれほど頻繁にあらわれていた聖職者批判が、今回の『戦争の惨禍』においてはここにはじめて、しかも一層強烈な、現実の目撃証拠として描き出される。聖職者といえどもいのちが惜しいことに変りはないであろうが、そのあまりな周章狼狽振りが癇にさわったものであろう。

なおこの第五群中の42434445番の4枚は、おそらくフェンデトードス村への帰郷中に敵軍の接近を伝え聞いた村人たちの避難を「私がこれを見た」(44番)、「これもまた」(45番)として描き出したもののようである。

この「私がこれを見た」という詞書は、この版画集全体の副題であってもよく、またこの画家、ゴヤの全生涯のそれであってもふさわしいものである。

時代の証言者としての芸術家、という存在のあり様は、ここに全的に成立しているのである。(*彼の生きた時代との関連における伝記として最初のものであるアントニナ・バレンティン氏の著作の英訳本は“Goya,This I saw”という標題をもっている。)

◆「無名の群集」を意識的に画面に登場させた最初の人

『5月2日』の場合に、加害者であるのは、無名の群集(マス)であり、マドリードのプロレタリアートであった。個々の顔が描き分けられてはいるものの、本質的には顔のない群衆である。そうして被害者は、皇帝の軍隊であった。

ゴヤはおそらく絵画の歴史のなかで、無名の群集を意識的に画面に登場させた、ほとんど最初の人であった。

フランス革命以後の現代史は―現代史と呼ぶのが気に入らぬ向きには近世史と言い換えてもいいが―、無名の、顔のない群衆が、歴史の舞台の中央に乗り 出して来る時代である。群衆、民衆(マス)を無視しては如何なる政治も経済も成立しない。ゴヤは民衆不在のマドリードのヴェルサイユ風宮殿から、巷の群衆 蜂起までの、その全サイクルを全的に生き、かつ描いたただ一人の画家であった。また彼一人が、この新しい社会的存在の現前とその盲目的な力を予感し、表現 をしたものであった。

◆「顔のない近代組織」

しかし群衆とは果たして誰のことであろうか。ばらばらに切り離された、よく言って独立した個人としてのあなたや私は群衆ではあるまい。それは、一つの、あるいは複数の目的をもつものでなければならないであろう。しかも群衆は無定型である。

群衆に英雄は不要である。少なくともその運動の初期にあっては。

そういうまったく新しい社会的存在を描くためには、従来の如何なるアカデミックな方法や手段なども通用はしない。従来の方法は、要するに英雄を、ひたすら英雄を描くためのものでしかなかった。

5月2日の白昼にフランス軍を襲った群衆は、夕刻にはすでに群衆ではなくなっていた。ミュラ将軍は全軍を動員して、この群衆の逮捕にあたった。逮捕 されたもののなかには、その場で、太陽の門広場やプラド大通りなどで、即刻処刑されてしまったものもいた。処刑され、死んで行く者は群衆ではない。死んで 行く人は、個人である。人は個人にかえって、個人として個々の死を死なねばならぬ。如何にそれが大量死であったとしても。

そうしてここで、無名の、顔のないものになるのは、組織としての処刑者、フランス軍の側である。『1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘におけ る処刑』は、まさにこの顔のない近代組織―それは近代国家そのものである―が、群衆から個人に帰された人々を処刑する図である。

◆1808年『5月2日』と『5月3日』に描かれた“真実”

歴史的に見て、たとえばイタリアの美術史家ヴェントゥーリが「古代の詩がホメロスに発するように近代絵画はゴヤに始まる」と言うように、ここに描か れているものは、“5月2日”ともどもに、いわゆる“美”とは何の関係もないということについてである。それは美であるどころかむしろ醜であり、絵画であ りながらも正視するに堪えない“真実”である。

つまりは、美と芸術の離婚がここに開始されているという歴史的事実が、この2枚にもっとも明白にあらわれているということでもある。そういう意味では、文学への近接が開始されていると言ってもよいであろう。

従って、それはまた美術史の折り返し地点であると同時に、ヨーロッパの人間の魂の在り様が全的に変革されてしまう、その時期の開始点でもある。ニーチェもドストエフスキーも、エミール・ゾラも、ベートーヴェンもまたこの折り返し地点以後の人間である。

それは、ヨーロッパにおいての人間が人間を見るについての不信から発したリアリズムの時代のあけぼのなのである。それはまた、絶望からの出発でもあったのだ。この銃殺隊と被処刑者たちの双方を、たとえば神の目から、双方ともをひとしなみの人間、あるいは人類そのものとして見るとするならば、われわ れのこの現代なるものが、いわば自殺しながら誕生しているものであることを思い知らされるのである。

◆『5月2日』と『5月3日』が示す眼の構造の変革

ゴヤのこの二枚が、プラド美術館の調和のとれた古典作品の群れとは截然と異なり、美術館の壁に音のない爆発と揺れを与えている所以である。ヨーロッパの人間の、人間を見る眼の構造に、ある根本的な変革が訪れているその現場に、われわれはいるのである。

それまでのヨーロッパの美術・芸術なるものの在り様をここで簡単に振り返ってみるならば、事態は一層はっきりするであろう。

ヨーロッパの美術は、まず何よりもキリスト教美術として出発をしたものであった。そうしてキリスト教美術は、この宗教が含む様々な観念を象徴的に伝 達する必要性から生れた。従って中世時代を通じて画工職人の仕事は、この宗教及びその周辺にある人間の諸観念、夢を描くにあり、それを人間の様々な形態を 描くことによって成就して行った。そうしてルネサンス期が来て、すべては人間化され、キリスト教に加えて神話が描かれた。人間を描くことが根本的テーマと なり、そこで肖像画が誕生する。偉大な人物と、その行動が描かれ、そこに歴史画が胚胎する。偉大な人物の偉大化、歴史画は英雄を描くこととなる。

しかしもはや偉大化も英雄化も出来ない時代が来ているのである。主人公は無名の民衆であり、民衆はそれ自体偉大化や英雄化をされる必要もなければそ れを要求もしない。そうしてこれを画家の側から見れば、おのれの判断、印象をじかに画布にぶっつければよいということになる。かくては主題のなかに当然、 美のみならず、人間の醜悪、獣性の表現などもが入って来ることになる。

歴史画を描くにしても、描かれるべきものは画家自体の判断であり印象・感情である。

ゴヤはこの2枚によって明白にそれまでの美術史の扉を閉ざして現代絵画の扉を開け放ったのであった。それは絵画史上の革命であった。

『1808年5月2日、エジプト人親衛隊との戦闘』(1814年)180852

『1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺』(1814年)Goya180852

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コメント

これ チェック!
でも すぐには見れなそー
snailsnailsnail

投稿: nono1 | 2008年10月 5日 (日) 19時51分

ナタリー・ポートマンが好きで見たんだけど
好かったよ~ happy02

投稿: さくらスイッチ | 2008年10月 5日 (日) 20時12分

あのね
昨日 「ブーリン家の姉妹」見たの

ナタリー・ポートマンが
アン・ブーリン演じてたけど

映画なかなか 面白かったよ
さくらさんも きっと見るよね
eye

投稿: | 2008年11月 2日 (日) 07時28分

うん 見たいと思ってる
あのエリザベス女王のお母様だし ね

happy01

投稿: さくらスイッチ | 2008年11月 2日 (日) 18時19分

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受信: 2008年10月26日 (日) 01時21分

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